第84話 答えは

 二人で話したい、そう言われて連れてこられたのは、人気のない空き教室だった。

 ここだけ文化祭で使われなかったのか、それとも掃除が既に終わっていたのかはわからないが、机も何もない状態だった。

 窓から差し込む橙色の光が空き教室に黒い影を二つ作り出す。

 もちろん、俺と伊織の影だった。


 「…えっと?」


 目の前には、目を合わせようともしない伊織がいた。

 正直、気が気でないのだが…。


 『…その…二人で…話したい…』


 こんな事を直接言われて、しかも人気のない教室で二人っきり。

 やべぇよ、これから何が始まるんだよ。

 俺が一人で悶々としていると、ようやく伊織は俺の目を見始めた。


 「…あれから色々考えたんだ…」


 「…あれから?」


 「私が旭に友達になってって言った日から」


 「あぁ…」


 俺と伊織は一旦、幼馴染という関係をやめ、友達という関係になった。

 別に接し方が変わるわけじゃないのだが、伊織なりに気持ちの整理をつけるきっかけが欲しかっただけなのだろう。


 「旭の好きの感情ってどんな感じなの?」


 「ゔぇ?」


 そこを俺に振ります?


 「…うーん…ずっと一緒にいたい、とか、一緒にいると幸せな気持ちになる…とか?」


 はっず!どんな恥辱プレイだよ!

 穴があったら入りたい。入って引きこもってしまいたい。


 「…やっぱり」


 「え…?」


 「私は…旭にそういう感情を持ってるんだと思う」


 「っ?!」


 それはつまり…そういう事なのか…?


 「今日ね…陽葵と文化祭回ってた時、偶然旭の事見つけたんだ…楓ちゃんと一緒にいたでしょ?」


 「お、おう」


 伊織は結構近くにいたのか。

 文化祭に夢中で俺は気づかなかったな。


 「…楓ちゃんと一緒に楽しそうにしてる旭を見て…こう、胸がキュッてなっちゃって…」


 「…」


 「…旭を…取られたくないな…って思って…」


 「っ?!」


 それはもう、そういう事なのだろう。

 きっと、伊織なりに納得のいく答えが自分の中で見つかったのだろう。

 なんとなく、伊織は、ほっとしたような顔をしている。

 数秒の沈黙が教室を支配する。

 窓の外から聞こえていた生徒の声も気にならなくなるくらい、今の俺は緊張していた。


 「伊織の中では…その…答えは出たの…か…?」


 「…うん」


 体に力が入ったのがわかった。

 喉は渇いて、手汗が出て、それでもその汗を拭えないほどに、体は固まってしまっていた。


 「ねぇ、旭…」


 伊織は何か決意に満ちたような目で俺を見た後、ふわりと笑った。


 「…好き」


 俺の心臓の鼓動を早めるのに、その表情と言葉だけで威力は充分だった。

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