第85話 わかってる
この場だけ時が止まってしまったかのように感じた。
「…好き…」
もう一度、彼女は噛み締めるように言った。
中学の時からずっと求めていた言葉。
どれだけアプローチしても、伊織からは決して言われることのなかった言葉。
ずっと、ずっと言わせたかった言葉。
「…俺…」
後は彼女の言葉に応えるだけだ。
俺も好きだ、と。
しかし、その一言は出てくる事はなかった。
口に出そうとしても、正体不明の違和感が纏わりついて、猛烈な気持ち悪さが俺を襲う。
言うだけだろ?簡単だろ?何で言えないんだよ。
「…えと…」
何か、何か言わなければならない。
伊織の告白に対しての答えじゃなくてもいい。
このまま黙っているのはまずい。
「…」
それでも声は出なかった。
頭の中がぐるぐるしてて何も考えられなかった。
「…旭…」
「っ!」
痺れを切らしたのか、伊織は俺のことを呼んだ。
恐る恐る彼女の顔を見ると、彼女はなぜか笑っていた。
「…わかってるよ、旭」
「…ぇ…?」
いったい何をわかっていると言うのだろうか。
伊織には何が見えているというのだろうか。
俺は伊織の次の言葉を待つ。
「当たり前だよね…」
そう言って伊織は窓の外に一度目を向けて、すぐに俺の方に戻した。
その時の顔も笑っていた。
だけど、少し寂しそうだった。
「旭さ…私の事、もうそういう風に見てないでしょ?」
「なっ?!」
そんな事ない、そう言おうとしたが、今まであった気持ち悪さと違和感が一気に無くなった気がした。
その時、初めて理解した。
納得してしまった。
「あはは…そうだよね…知ってた…。あんな事言っちゃったんだもん…」
「…いや、それでも最近までは…まだ好きだった気がする…」
そう、最近までは。
「…そっか…」
「…ごめん…」
「…旭はさ…私の事、嫌い…?」
「いや、嫌いなわけないだろ…」
「…ありがと…」
「あ…いや…」
「…じゃあさ…」
そう言って伊織は俺に近づいてきた。
え、何?!
伊織は俺の前まで来ると小さく息を吐いた。
「…私は、旭が好き!」
「お、おう…」
「だから!旭がまた好きになってくれるように頑張る!」
「…へ?」
ごめん、ちょっと理解が追いつかない。
すると伊織は俺の胸ぐらを掴んできた。
えっ?!何?!俺ボコボコにされるの?!
「わ、私は!あなたを…ほ、惚れさせる!!!」
「ふぁ?!」
惚れさせるって…えぇぇぇぇ?!
「旭がいつも、す、好きって言ってたみたいに、私も、もう隠さないから!」
そう言って顔をずいっと近づけてきた。
西日に照らされた彼女の顔は真っ赤に染まっていて、覚悟を決めたような目で俺を見ていた。
「か、覚悟しといて!!!」
その言葉を最後に、伊織は俺に背を向けて空き教室を走って去っていってしまった。
「…」
え、ちょっと待って。
惚れさせるって…?
「…はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!」
俺の声が教室に響く。
先生に見つかったりしたら確実に片付けをサボってる認定されて怒られるだろう。
しかし、今の俺にそんな事を気にする余裕なんてなかった。
「いや…え?!は?!お?!」
もはやパニック状態だった。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!?!?!?!」
自分の顔が熱くなっていくのがわかった。
いや俺、何されんの?これからどうなるの?!
「いや、え?はぁ?っげほ!」
叫びすぎて咽せてしまった。
そこでようやく俺は冷静になることができた。
『わ、私は!あなたを…ほ、惚れさせる!!!』
「っ!!」
頭が冷めても顔の熱が引くことはなかった。
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