第66話 友達に

 衝撃的だった。

 目の前には泣いている陽葵と土下座していた旭。


 『佐倉と旭の事が気になるなら黙ってついて来てくれ』


 そう、高橋君に言われて連れてこられたのは、風通しが良く、人気のない場所だった。

 そんな場所で、なぜ二人がこんな事になっているのか。

 そんなのもう、わかりきっている。

 私のせいだ。

 私が優柔不断なせいで、二人を苦しめていたんだ。

 もう、なりふり構っていられない。

 二人の話が落ち着いたのを見計らって、私は二人に近づいた。



 「…戻ろ?」


 「もういいのか?」


 「いつまでもウジウジしてられないでしょ」


 「いやぁ、久しぶりに陽葵が泣いてるところ見たなぁ」


 「うっさい」


 「いった!」


 陽葵が元の状態に戻るまで数分ほどかかった。

 でも、そのおかげか、いつも通りの調子が出て来たようだ…いつも通りはいいんだけど、人にペットボトル投げるのやめろ?


 「ほら、いくよ」


 「へいへい…」


 先に進む陽葵の後をついて行く。


 「え…」


 「ん?どした?」


 陽葵は突然足を止めて、ある一点の方向を見て、動けないでいた。

 いったい何があったんだ?

 そう思い、陽葵の目線の先を見てみる。


 「…伊織?」


 「…」


 そこにいたのは幼馴染の伊織…と壁から少し顔を覗かせている高橋だった。

 あいつ…何してんだ?

 伊織は下を向いたまま、こちらに近づいてくる。


 「えっと…伊織?」


 「朝香…何で…」


 「…話し…聞いてた」


 「「?!」」


 俺は高橋の方を見る。高橋は俺と目が合うとすぐに隠れてしまった。野郎。


 「私は…」


 震える声で何かを言おうとする伊織。


 「私は…旭が遠くに行っちゃうのが嫌だった…」


 「…へ?」


 何の話をしているのだろう。俺が遠くに?いつ?

 頭の中の疑問符は消えないが、伊織は言葉を続ける。


 「高校に入ってから、旭と話す機会が減って…寂しくなって…そんな時、旭のところに楓ちゃんが来て…」


 たしかに、高校に入ってからは伊織の誘いを断りがちだったし、行動も別だった。でもそれは偶々用事が重なっていただけで…それに、何でそこで楓が出てくるんだ?


 「楓ちゃんが旭と仲良くなってるの見て…なんか、モヤモヤして…」


 「…ん?え?ちょっ、あ?」


 何か良くない流れを感じる。


 「ちょ、待て待て」


 「気づいたらイライラしてて…」


 「いや、待て待て待て」


 待て待て待て、頭が追いついてない。

 陽葵の方を見てみると、陽葵も突然すぎて理解が追いついていないようだった。

 嫉妬。

 一番あり得ないと思っていたこと。でも、それ以外に考えられる事なんてなかった。

 そもそも考えようともしなかった答え。


 「伊織…お前、俺の事…その、好き、なのか…?」


 自分で言って恥ずかしくなってくる。

 でも、そういう事じゃないのか?


 「…わかんない」


 「わかんないんかい」


 思わずつっこんでしまった。


 「しょ、しょうがないでしょ!わかんないんだもん!」


 「あ、すみません」


 うん、真面目に話をしようとしてたんだもんな。ごめんね。


 「でももう、わかんないで終わらせたくない」


 どういうこと?


 「…それは…どういう…」


 「私は!多分だけど嫉妬でイライラしてたんだと思う!でも、だからって旭に酷いこと言ったのは許されないって…わかってる…。それでも…!」


 伊織は言葉を続けようと必死だった。


 「それでも!私は…この気持ちをはっきりさせたい!あんな事言った後に、こんな事言うのはだめだってわかってる!」


 後には引けない、と言った感じで伊織は続ける。

 彼女は決意に満ちた目で俺に向き直った。


 「この気持ちが何なのかわかるまで、私と…友達になってください!!!」


 そう言って伊織は頭を下げた。


 「…………へ?」


 友達になってください。

 伊織はたしかにそう言った。


 「嫌なら嫌でいい!旭が近づくなって言うならもう近づかない!」


 「いや、そこまでは言わないけど…」


 理解が追いつかない。

 陽葵はポカンとしてしまっている。


 「…もう…旭と仲が悪いままなんて…嫌…」


 「っ…」


 そんなの、俺だって嫌だ。

 でも、頭ではわかってても心が追いつかない。


 「あ、えっと…」


 なんて言えばいいのだろう。

 別に断ろうなんて思ってない。

 でも、納得できないというか、何というか、よくわからない感情になっている。


 「あたしは…仲直りしてほしいな」


 今まで黙っていた陽葵が口を開いた。


 「また三人で一緒に過ごしたい…」


 陽葵はそう言って俺を見た。


 「だめ、かな」


 「いや、いいんだけど…」


 「…いいの?」


 そこでようやく顔を上げた伊織は俺を見た。

 不安そうに、申し訳なさそうに、居心地が悪そうに。


 「あぁ、うん…まぁ、なんて言ったらいいかわかんないけど…」


 俺に断る理由もないし、そっちからそう言ってくれるのなら願ったり叶ったりなのだろうか。


 「その…よろしくお願いします…?」


 「…!うん!」


 俺がぎこちなく言うと、伊織は最近で一番いい笑顔を見せた。

 よくわからないけど、俺と伊織は奇妙な関係になった。

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