第65話 無駄なんか

 佐倉の様子がおかしかった。

 いつも元気そうな佐倉が妙に静かと言うか、口数が少ないと言うか、とにかく変だった。

 貼り付けたような笑顔。

 周りから見ても少し違和感があった。

 旭の様子もおかしかった。

 今朝は遅刻ギリギリの時間帯に登校してきた。

 まぁ、あいつは普通に遅刻したことあるし、それがおかしいのかと聞かれると微妙なところだが、あいつは教室に入ってきた時、何か思い詰めたような顔をしていた。


 「旭、今日は随分と遅いな?」


 「ん…まぁ、寝過ぎちまったんだよ」


 「またか?」


 まぁ、絶対嘘だろうな。

 しかし、佐倉の、様子がおかしいことと関係があるのかはわからない。


 「なぁ、佐倉が元気なさそうなんだが、何か知ってるか?」


 「…さぁ」


 さぁ、じゃねぇよ。


 「お前、それ絶対知ってるやつじゃん」


 「ちょっと喧嘩しただけだよ」


 喧嘩。

 いったいなぜそんな事に?

 こいつらは罵り合うことはあっても喧嘩をするような奴らじゃなかった。

 でも、旭はたしかに「喧嘩」とはっきり言った。


 「…ふーん、ま、早いとこ仲直りしとけよ?」


 「へいへい、先生くるぞ」


 その言葉を最後に、俺は自分の席に戻った。




 「んじゃ、俺学校中見て回ってくるわ」


 「おう」


 そう言って旭は教室を出て行った。

 俺は旭のせいで接客係になってしまったが、今は宣伝係の仕事を手伝っている。

 旭には今、ポスターを貼れそうなところを見てもらいに行った。


 「ほ、ほら!文化祭の準備しよ!」


 「あ、ちょっと!」


 突然、ガタッと大きな音が聞こえて音がした方を見てみると、佐倉が早足で教室から出ていくのが見えた。

 周囲は文化祭の準備に集中していたからか、さっきの大きな音を気に留めている人は、あまりいなそうだった。


 「さてと…」


 俺は周りに変に思われないように、自然に教室から出て行く。

 教室から出た後、少しだけ急いで佐倉の後を追う。


 「佐倉!」


 佐倉の後ろ姿が見えたあたりで呼び止める。


 「…あれ?高橋君じゃん。どしたの?」


 佐倉は俺の方を振り向いて、いつもの調子でそう言った。

 でも、振り向く瞬間、一瞬だけ絶望したような顔をしていたのを俺は見逃さなかった。

 俺は息を落ち着かせて深呼吸をしてから、佐倉を見た。


 「ちょっと、この前の場所で話せないか?」




 佐倉はあの後、黙って頷いて俺の後ろをついて来た。

 やってきたのは夏休み前に佐倉と話し、旭と伊織の事情を聞いた隠れスポット的な場所。


 「ほい」


 「…ありがと」


 途中で二本買ったスポドリの一本を佐倉に渡した。

 パキッとペットボトルのキャップが開く音が無音の空間に広がり、乾いた口を潤す。

 そして、一切の躊躇なく口を開く。


 「旭と何があった?」


 「っ…ちょっと喧嘩しちゃて…」


 「知ってる。理由は?」


 「…」


 佐倉は一切こちらを見ようとはしなかった。

 まぁ、喧嘩の内容をそんな簡単に話せるわけないか。

 でも、佐倉がここに留まる、という事は少しでも話す気があるという事だ。

 俺は佐倉からアクションがあるのを黙って待つ。

 だが、そんなに時間は要らなかったようで、上を見上げ、雲の形を観察しながらスポドリを口に含んだ時だった。


 「…あたしがやって来た事って、要らない事だったのかな…」


 「ん?」


 スポドリを口に含んでいたため、反応が適当になってしまう。


 「旭と朝香を仲直りさせようとしてやって来た事って、無駄だったんじゃないかなって…」


 「そんなこと…」


 「だって!!」


 突然の大声に少し驚く。

 泣きそうな顔でこちらを見る佐倉は、本当に辛そうだった。


 「あたしが旭の気持ちをちゃんとわかってたら、こんな事にはならなかった!もっと適切な立ち回りがあったはずなのに!朝香にちゃんとアドバイスできたら、朝香だって行動を起こせたかもしれない!それなのに!!」


 佐倉の悲痛な叫びが響く。


 「…なのに…あたしが余計な事したせいで、余計に関係を拗らせちゃってたんじゃないかって…」


 段々と声が小さくなり、佐倉はその場にしゃがみ込んでしまう。


 「…旭、言ってたんだ。『もう終わってる』って…もう、仲良くできないのかな…三人そろって遊んだりできないのかな…」


 佐倉はしゃがみ込んだまま動こうとはしなかった。


 「…全部…無駄だったのかな…」


 「無駄なわけないだろ」


 突然の俺の言葉に佐倉の肩は、ビクッと揺れた。


 「余計な事?拗らせた?たしかにそうかもしれないけど、無駄ではなかったはずだ」


 「でも…!」


 そこで、佐倉は顔を上げた。

 目元が赤くなっていた。


 「佐倉が色々やってくれたおかげで旭と伊織は疎遠にはならずに、今だって話す程度はしている」


 きっと、立場的に一番辛かったのは佐倉なのだろう。


 「それがなかったら本当に話す事だってなかっただろうよ」


 双子の弟と、仲の良い友達が気まずい関係になって、しかも、それが昔からずっと一緒だった奴らで。


 「適切な立ち回り?あるわけないだろ。ちゃんとしたアドバイス?できるわけないだろ」


 そんな関係に板挟みになって、どっちの意見も聞いて、何とかしようとして来たんだろう。


 「当人たちの気持ちも考えも、当人しか知らないし、理解もできない」


 今の佐倉の状況を考えただけで息苦しくなってくる。


 「だから、俺たちができるのは、きっかけを作ることだけだ。そのきっかけで物事を進めるのは当人たちだろ」


 だから、彼女が責任を感じるのは少しだけ違う気がする。


 「佐倉がやって来た事は余計な事だったかもしれないし、あいつらの関係を拗らせたのかもしれない。でも…無駄なんかじゃないよ」


 だから、そんな彼女の今までの行動が全部無駄だったなんて、絶対にありえない。


 「佐倉。何かあるなら相談してくれ。俺だってあいつらの関係をどうにかしたいと思ってる。だからさ、佐倉だけが悪いとかって、責任を感じるのは違うと思う。大体の人は、どうにかしたいって思っても行動なんて起こさない。言ってる俺だってそうなんだから」


 何もしてこなかった俺とは違って佐倉はどうにかしようとして来た。


 「佐倉、お前はすごい奴だよ」


 そう優しく言ってやる。

 佐倉はじっと俺の目を見てくる。俺も佐倉の目を見る。

 そんな状況が数秒続いた後、佐倉はふっと笑ってみせた。


 「高橋君って、お人好しだよね」


 「なわけ」


 「そういうとこだよ」


 そう言いながらスカートの皺を直しながら立ち上がる。


 「…とりあえず、早く旭と仲直りしろ」


 「うん、そうだね」


 「言ったな?」


 「え?」


 訳がわからないと言った顔で俺を見る佐倉。


 「実はもうすぐ旭が校舎の外を見にくるんだよ」


 「え?!」


 旭が学校中を、見て回ると言った時、校舎の外もみたら?と提案していたのだ。

 別に狙ってやっていたわけではないが、まぁ、ちょうど良いだろう。


 「んじゃ、後はお二人で」


 「ま、待って!そんな急に言われても!」


 旭と遭遇しないように、校舎裏に向かう途中、佐倉がそう言った。


 「大丈夫だって、旭だから」


 「…ふふっ…なにそれ」


 真面目に言ったつもりだったのだが、笑われてしまった。


 「高橋君、ありがとね」


 「はいはい、良い報告を期待してますよ」


 そう言って再び校舎裏に向かって歩みを進めた。

 まぁ、あの二人は大丈夫だろう。

 問題はもう一人の女の子。


 「はぁ」


 なんでこんな事してんだろ、俺って。

 回り道をして教室に向かい、目立たないように教室に入る。


 「いた」


 もう一人の問題児、伊織朝香。

 彼女は折り紙で何かを作っているようだった。

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