第63話 叱って
「旭、今日は随分と遅いな?」
教室に来て早々に、高橋は聞いてきた。
「ん…まぁ、寝過ぎちまったんだよ」
「またか?」
あの後、今に至るまで、俺と陽葵は顔を合わせることはなかった。
陽葵が家を出るまで、俺は部屋から出ないようにしていたからだ。
陽葵が出たのを確認してから自分の部屋を出て準備をしていたため、いつもよりかなり遅めの時間に教室についてしまった。
「なぁ、佐倉が元気なさそうなんだが、何か知ってるか?」
「…さぁ」
「お前、それ絶対知ってるやつじゃん」
寧ろ知らないはずがなかった。
陽葵が元気がないのは間違いなく、昨日の一件が理由だ。
「ちょっと喧嘩しただけだよ」
「…ふーん、ま、早いとこ仲直りしとけよ?」
「へいへい、先生くるぞ」
その言葉を最後に、高橋は自分の席に戻っていった。
それと同時に、陽葵も俺の後ろの自分の席に戻ってきた。
まぁ…会わないようにするって言っても、後ろの席だから結果的に会わないってのは無理なんだよな。
すぐそこに陽葵はいる。
手を伸ばせば届くし、独り言を言えば聞こえてしまいそうな距離に、俺と陽葵は位置している。
けれど、俺から何か言うこともなければ、陽葵からも何も言ってこないため、その場には触れてはいけないような空気が漂っていた。
「…えと、その…」
その空気の中に放置されてしまっている楓は少しかわいそうに見えた。
「旭くん…陽葵ちゃんと何かあった…?」
楓は本気で心配そうに見てきた。えぇ子やなぁ…。
「まぁ、ちょっとだけ喧嘩しちゃってね」
陽葵に聞こえないように、出来るだけ小さな声で楓に言った。
「そうなんだ…な、仲良くしなきゃダメだよ?」
「あぁ、うん、それは、うん…」
実際、家も一緒の陽葵とずっとこのままは精神衛生上よろしくない。
別に俺も陽葵の事が嫌いなわけではないから、早いとこ仲直りしたいところではあるのだが…。どうしたものか…。
昨日のは完全に俺が悪いよな。
一時の感情だけで、俺は仲裁してくれようとした陽葵の手を拒絶したのだから。
「席につけーホームルームの時間だぞ」
「あ…旭…」
「陽葵…」
文化祭の準備期間、二日目となった。
俺は宣伝用のポスターを貼れそうなところを見て回っていた。
そんな時、校舎の周りを見て回っていた時、陽葵と出くわしてしまった。
「…どうした、接客係」
「あ…ちょっと休憩を…」
「そか、じゃ」
仲直りしたい、早く謝って楽になってしまいたい。
そんなことが頭の中で何回も何回も文字盤のように表示される。しかし、頭の隅のほうでは、「本当に謝る必要があるのか?」「人の気も知らないで、あれこれ言ってきた陽葵が悪いのでは?」という考えがある。
悪いのは俺だってわかっている。
頭ではわかっていても心が拒否してしまっている。
「ま、待って!」
そう叫んで、陽葵は俺の手首を掴んでくる。
「お願い!少しだけ話をさせて!!」
だからこういう時、自分から話を振ろうとしてくる人のことを、本当にすごいと思っている。
「…場所変えるか」
「あ、じゃあ、あたし、いいとこ知ってる」
陽葵の後を追って、ついた場所は、本当に人気がない場所だった。
風通しも良く、夏でも涼しそうな、知る人ぞ知るって感じのところだった。
「…よくこんなとこ見つけたな」
「まぁ…ちょっとここに来る機会があったから…」
どんな機会だよ。ここに告白でもされに来たのか?
「それで、話って?」
「…うん」
話の内容なんてわかりきっている。
本当ならこっちから話をして、謝るべきだったのに、自分を棚に上げて陽葵に話を催促させている。
「あたしが…」
このまま陽葵に全てを任せてしまってもいいのか?
それじゃあ伊織の時と一緒じゃないか?
自分が悪い。
そんな事を言いながら、不幸なやつを俺はずっと演じてきただけじゃないのか?
本当にこのままでいいのか?
本当にこのまま、自分はかわいそうなやつだからしょうがないと、逃げ続けるのか?
…そんなの、ただのクソ野郎じゃねぇか。
「…旭を傷つけるつもりはなくて!…だから…!」
「悪かった!!」
「…へ?」
人気のない場所を良いことに、自分の姉に対して、跪いて、頭を下げて、額を地面につける。
「ちょ、ちょっと?!」
陽葵は大分焦っているようだった。
それはそうだ。実の弟が、自分に向かって土下座をしているのだから。
「お前が俺と伊織を仲直りさせようとしてたってのに、俺の都合でお前を否定して、傷つけた!だからごめん!!」
陽葵からはどう見えているのだろう。
こんなどうしようもない弟を見て、どう思っているのだろう。
「お前だって、俺の事どうにかしようと頑張ってくれてるのに、お前の気も知らないで…本当に悪かった!!」
陽葵から発せられる声はなかった。
今、あいつはどんな気持ちなんだろうか。
怒ってる?悲しんでる?失望してる?
どっちにしても、今の俺には、陽葵からの判決を待つしかなかった。
ギュッと目を瞑る。
数秒の間、沈黙は続いた。
「…でよ…」
「え?」
思わず顔を上げて陽葵を見てしまう。
「…な…」
そして絶句してしまう。
陽葵は泣いていた。泣いている?なんで?
「な、なんで…」
「そんな事言わないでよ!!!」
「っ?!」
急に大声を出されて驚いてしまう。
「何で旭は!自分だけが悪いって思うの?!人の気も知らないで傷つけたのは、あたしだってそうなのに!何で…何であんたは自分だけを責めるのよぉ!!!」
そう叫んで俺の襟を引っ張って、強引に俺を立たせようとする。グェ、く、首が…。
「あたしが悪かった…旭の事、知ったような口聞いて…ほんとは旭を傷つけてただけだったんだって…」
「陽葵…」
そう言って陽葵は俺の胸に顔を埋める。
「…叱ってよ…あたしの事…あたしが悪いんだから…旭が悪いんじゃないんだから…もっと…怒ってよ…自分を責めないでよ…」
「自分を責めるなって…それはお前もだろ…」
陽葵のシャツを掴む手の力が増してくる。
「……じゃあ…どっちも悪いって事で…」
どっちも悪い。
まぁ、それが一番丸く収まるだろうな。
にしても…どっちも悪いか…。
「…ふっ」
「…今、笑うところじゃないでしょ」
陽葵は俺の胸に顔を埋めたまま、そう言う。
「いやだって、どっちも悪いって…ふっ、意味わからん」
「…」
どうやら面白いと思っているのは俺だけのようで、陽葵はずっと黙っていた。
「てか、これ仲直りしたって事でいいのか?」
「いいんじゃない…?」
「じゃあ離れてくんない?」
「…まだ多分、目赤いからやだ」
「えぇ…」
いくらここが風通しが良くても今は夏。
こうもくっつかれてしまうと結構暑い。
「はぁ…」
未だに顔を上げようとしない陽葵の頭をポンポンと叩いて撫でてやる。
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