第62話 もう終わってる

 「ただいま〜」


 「おかえ〜り〜」


 玄関を開けて挨拶をすると、リビングの方から間の抜けた返事が返ってきた。

 声の聞こえたリビングの方を見ると、そこには、ソファーの上にグデーっとなっている陽葵の姿があった。

 台所の方からは、美味しそうな匂いが来ているため、晩ご飯を作って力尽きたのだろう。


 「どした、溶けてるぞ」


 「そ、あたし水タイプだから〜」


 「そかそか〜陽葵ちゃん水タイプなのか〜」


 「そうだよ〜。だからあたしの邪魔をすると石が飛んでくるよ〜」


 「岩タイプじゃん」


 これほど脳死で返してくる陽葵には、まじめに返答してはいけない。なぜなら時間の無駄だから。


 「ほら、起きて席につけ。さっさと飯食っちまおうぜ」


 「ふわ〜ぃ」


 ダメだこりゃ。




 「そういえば、実行委員会どうだったの?」


 「ん?」


 先程の溶けていた陽葵とは打って変わって、だいぶマシになった陽葵はそう聞いてきた。


 「ん〜単純にダルそう」


 俺は、テーブルの上に並べられた晩ご飯を食べながら答えた。


 「どんまーい」


 「うるせぇ、お前がなればよかったんだよ」


 「あたしは接客だから忙しいのよねぇ」


 実行委員は文化祭の当日にも仕事があるらしい。

 だから宣伝担当で暇そうな俺が選ばれたのか…。


 「それで、朝香とはどうなの?」


 「どうって、普通だよ」


 「ふーん」


 普通。あっちから話しかけてきたら話す程度には普通にしていたはずだ。俺からは踏み込まない。踏み込んではいけない。


 「ねぇ…旭はこのままでいいの?」


 「…何が?」


 陽葵からは真面目な雰囲気が漂っている。おふざけは禁止らしい。


 「だから、朝香との関係の事だよ。このまま旭は朝香から離れちゃうの?」


 「あっちが関わるなって言ったんだから、そうするしかないだろ?」


 「でも、それは間違いだったって旭も気づいてるんじゃないの?朝香は旭を嫌っていないってわかってるんじゃないの?」


 「…」


 たしかに、これまでの伊織の俺に対する行動は、とても俺を嫌いだと思ってやっている行動とは思えない。


 「旭だって、朝香とこのまま離れ離れになっちゃうのは嫌なんじゃないの?」


 「…だったら何だって言うんだよ」


 徐々にイライラが募って、口調が荒くなってくる。


 「お互い、もうちょっと素直になってさ、話し合ってみようよ!朝香も…子供っぽいところあるから、素直になれ…」


 「…あ?」


 「え…旭…?」


 この期に及んで「素直になれ」って言ってるのか?


 「素直になってた結果がこれなんだよ。あいつに付き纏って、困らせて、怒らせて…その結果が今の関係なんだよ」


 「だ、だからさ!その…謝り合って仲直りすれば…」


 そこで俺は限界だった。負の感情の蓄積に耐えられず、溜めておく容器が破裂するかのように。


 「謝ったし謝られた!けれどもう、元の関係に戻るなんて出来ねぇんだよ!!!」


 「っ…」


 容器が無くなったことによって、その場に留められるものも、俺の口から次々に出てきてしまった。


 「素直になれって?なってたよ!今までずっとなぁ!?自分の感情を優先して行動してた!でも、それは一方的な感情の押し付けだったんだよ!!俺はあいつを苦しめてたんだよ!!!」


 もはや頭の中は空っぽで、それでも言葉は次々と口から止まることなく出てくる。


 「そ、そんなこと…」


 「そんなことあるんだよ!何を思って『そんなことない』って言おうとしてんだ?あぁ?!」


 「あ、旭…」


 「もう終わってんだよ!俺たちはもう!!」


 バンっと握った箸と共に拳をテーブルに叩きつける。

 思ったよりも大きな音が出て、やった本人である俺もビックリしてしまい、そこで冷静さを取り戻した。


 「あ…」


 一気に血の気が引いていくのがわかる。


 「うっ…ひっ…ぐ…」


 目の前には俯いたまま嗚咽を漏らす陽葵。


 「わ、悪い…」


 残っていた晩ご飯を一気に掻き込んで、食器を片付けた。


 「…ごちそうさま」


 俺は陽葵に背を向けてそう言い、部屋へと向かった。

 まず、最初にやってきたのは、やってしまったという罪悪感。

 そしてその後に、俺たちの関係を何とかしようとしてくれた陽葵に怒鳴り散らした俺への嫌悪感だった。

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