第61話 隣り合う

 あれから教室のレイアウト、飾り付け、など、すぐ決められそうなことを話し合い、解散となった。

 放課後。文化祭の実行委員となってしまった俺と伊織は、早速実行委員の集まりがあるということで、空き教室で隣り合って座っていた。


 「「…」」


 その間、俺たちに会話は一切なかった。

 いや、知ってましたよ?絶対こうなると思ってたもん。三島先生も適当なのか真面目なのかはっきりして欲しい。

 実行委員がまだ揃っていないのか、周りは未だに喧騒に包まれたままだったが、俺たちの空間だけ隔離されているかのように、別の空気が漂っていた。


 「はい、静かにしてください」


 扉の開く音と共に発した声に皆気づき、一斉にそっちを向く。


 「全員揃っていますか?学年ごとに確認をし、それぞれのA組の男子の方は報告をお願いします」


 そう、この場全員の指揮を取ろうとしているのは生徒副会長、雨宮音羽先輩。

 いつもと違う雰囲気に少し圧倒されてしまう。


 「Eは全員いる?」


 「あ、はい、いるっす」


 「りょーかーい」


 A組の男子が俺たちの確認をして雨宮先輩に報告をしに行った。


 「…はい、確認終わりました。全員いるようですね。私は雨宮音羽と言います。今回、実行委員のまとめ役となりました。よろしくお願い致します」


 そう言って雨宮先輩は少し笑ってみせる。

 いつも雰囲気が大人っぽい先輩の笑顔に少しドキッとしてしまった。

 周りを見てみると、俺以外の男子も何かを感じたようだ。

 まぁ、あの人普通に可愛いからなぁ…ちょっと頭がアレだけど。


 「それでは、実行委員の役割について説明します」


 でも今はしっかりと副会長としてこの場を仕切ってるんだよなぁ。

 普段の先輩を知っているからか、違和感しかない。寧ろこっちの方が気味が悪いくらいに感じてしまう。俺失礼だな。


 「実行委員になったこの場の方々には放課後、一、二時間ほど集まって、作業、クラスの出し物の進捗の報告、見回りなどをしてもらいます」


 マジか。

 思ってたよりも面倒くさい役を引き受けてしまったようだ。また俺のコントローラーを握る時間が減るのか。


 「作業については文化祭についての書類の整理、パンフレットの作成、帳簿、学校の飾り付けなど、あげればいろいろありますが、後ほど、こちらの方で役割を決めさせていただきます」


 つまり、役割については、俺たちはやれと言われた事をやるだけ、と。

 たしかにそっちのほうが揉め事も少なく済むだろうし良い考えだと思う。


 「以上、何か質問がある方はいますか?」


 結構詳しく説明してくれたからか、特に質問が出ることはなく、教室の中は静かだった。


 「では、今日は軽く、自己紹介をして解散しましょう。一年生の方からお願いしますね」




 「ねぇ旭…」


 「んぇ?」


 自己紹介を終え、実行委員の集まりは解散となった。

 教室の出口からは続々と人が出ていくのが見える。

 そんな中、伊織は俺に話しかけてきた。


 「一緒に…帰らない…?」


 「え」


 「だめ…かな」


 「オーケー行こうか」


 涙目、上目遣い、不安そうな表情。俺は一瞬で沈められたね。ありゃ勝てねぇわ。




 「実行委員、思ってたよりも大変そうだね」


 「ほんとにな。俺は働きたくない」


 灰色の道路は橙色の光で照らされて、黒く長い影が二つ並んで伸びているのが見える。

 伊織とこうして帰るのはいつぶりだろう。

 あの日以降、伊織とは距離を取っていたからか、こうして伊織が隣で並んで歩いている事に違和感を覚える。


 「そんなこと言っても、旭は結局必要以上に働いちゃうんだよ」


 「やだぁ、俺って立派な社畜ぅ?」


 「何その喋り方」


 そう言ってクスクスと静かに伊織は笑った。

 …改めて見るとほんとにかわいいよなぁ…。

 肩上まで伸ばした濃いめの茶髪、整った顔立ち、ふわりと香る甘い香り、笑う時に口元を抑える仕草。

 些細なことも全て、彼女を、より引き立たせてしまう。

 ほんと、こんな子が彼女だったら毎日が楽しいんだろうな。


 「…どうしたの?」


 少し、ジロジロ見過ぎてしまったのか、伊織は困惑している。


 「んぁ、いや、なんでもない」


 「…そう?」


 会話は弾まない。

 ただ家に帰るためだけに、お互い足を動かしている。

 聞こえてくるのはコツコツと靴が道路を叩く音と、ミンミンとなく蝉の声のみ。

 俺と伊織はその中をただひたすらに歩いているだけだった。

 けれど、不思議と歩幅は合っていて、俺が合わせているのか、伊織が合わせているのか、はたまた、ただの偶然なのか、歩く速度はお互い一緒で、隣り合っていた。

 そこに会話は一切ない。

 しかし、そこには確かに二人にしかわからない何かがあった。

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