第57話 処しますよ?

 「佐倉さん?」


 見たことのあるサイドテールを揺らしながら近づいてきた中学生くらいの女の子。夏休みだと言うのに制服を見に纏っている。


 「…ごめん、人違いじゃない?」


 「暑さで頭やられたんですか?」


 「否定はしない」


 「しないんだ…」


 まぁ、溶けるぅ〜とか言いながら街中歩いてる時点で正常な頭をしているかと聞かれたらしていない、と答えるだろう。


 「もうっ、水無瀬一花ですよ!」


 ぷんぷんという効果音がつきそうな雰囲気で目の前の女の子は自分の名前を言った。


 「んー?あ〜…水無瀬ね水無瀬」


 「絶対まだわかってないですよね」


 「いや、思い出せそうで思い出せないこの感じ、察してくれ」


 「処しますよ?」


 「あぁ!水無瀬だ!」


 「どうしてこれで思い出すんですか?!」


 どうやら俺は人のことを覚えるのが苦手なようだ。

 さっきも高橋の名前言われるまで忘れてたし。


 「んで、その水無瀬はこんなところで何してるんだ?というかなぜ制服?」


 「何言ってるんですか。夏休みですよ?私は今年、受験生ですよ?」


 なるほど、それで夏休み中も制服なのか。お疲れ様なことで。


 「そういえばそっか。それで、どこ受けるんだ?」


 「え?決めてませんけど?」


 「何言ってるんですか」


 いや、「当たり前じゃん」みたいな顔をするな。


 「間に合うのか?それ」


 「まぁ、そろそろ決めなきゃな、とは思ってるんですけど…」


 「なんかやりたい事とかないわけ?」


 「まだない感じですねー」


 そう言って木陰に入ってきて俺の隣に座る。

 え?滞在しちゃうの?


 「そういえば、佐倉さんはここで何してたんですか?」


 「涼んでた」


 「どこかのお店の方が涼めるのでは?」


 「さっき、お金使いすぎてもうない」


 「救いようがないですね…」


 「そんな言う?」


 別に悪いことしてるわけじゃなくない?

 そんなに言う?俺ちょっと悲しくなってきちゃったよ?


 「佐倉さん、喉が渇きました」


 「よし、帰れ」


 「嫌ですよ。佐倉さんのせいでここに居座ることになってるんですから」


 「え、俺のせいなの?」


 俺悪くなくないですか?


 「はぁ…お茶でいいか?」


 仕方なく重たい腰を上げて水無瀬にそう聞く。


 「え?ほんとにいいんですか?」


 「いや、お前が言ってきたんじゃん」


 「そうでしたね」


 お茶でいいですよ〜と間抜けな声を上げる水無瀬を尻目に木陰から地獄に移動するのだった。




 「ほらよ」


 「ありがとうございまーす」


 買ってきた麦茶を水無瀬に渡して隣に座る。


 「そういえば佐倉さんって頭いいんですか?」


 「良くはないな。だいたい中間くらいの成績だ」


 「なっ?!」


 隣で変な声を上げた水無瀬はありえないものを見るような目で俺を見ている。いやどした?


 「佐倉さんって思ってるよりも頭いいんですね」


 「よし、てめぇが俺をどう思っているのか良くわかった」


 どんだけ下に見られてたんだよ。


 「お前はどうなんだ受験生」


 「まぁ…居残り勉強させられるくらいには優秀ですね」


 「落ちこぼれじゃねぇか」


 大丈夫か受験生。


 「ちゃんと勉強しておけよ」


 「えー」


 「えー、じゃない」


 「いいじゃないですか〜。どうせ大人になったら環境が変わってやりたい事ができなくなっちゃうんですから。今のうちに楽しんでおかないと損ですよ」


 まるで自分が大人を体験してきたかのような口ぶり。

 しかし、相手は中学生なので小説とかで読んで心に残ったセリフを言ったようにしか見えない。

 そんな水無瀬はペットボトルに口をつけながら、遊具で遊んでいる子供達を見ている。


 「ああやって今、仲良く遊んでいたとしても、時間が経つと関係が崩れていっちゃうんですよ。環境が変わっちゃうんですよ」


 「…」


 その言葉は今の俺の心に酷く刺さった。

 昔は仲が良くても今は良くない。

 そんな関係に俺は覚えがあるからだ。


 「だから、今を楽しまないと!ですよ!」


 そう言って俺に笑いかけてくる水無瀬は、迷いなんてないように見えた。


 「勉強から逃げるなよ」


 「あー聞こえない聞こえない」


 水無瀬は耳を押さえて、頭を振って大袈裟に反応してみせた。


 「…なぁ」


 「はい?」


 「…昔から仲が良かった人から拒絶されたら、お前はどうする?」


 「…何かあったんですか?」


 心配そうに俺を見てくる水無瀬。

 おそらく、俺の雰囲気がただ事じゃないように感じたのだろう。

 俺は笑顔を作り、ふわりと言った。


 「例えばだよ、例えば。心理テストみたいなもんだよ」


 「そ、そうですか?」


 「そうですよ」


 とにかく俺には関係ない事を装って普通に話す。

 水無瀬は未だに疑問が残っているようだった。


 「仲がよかった人からの拒絶、ですか…」


 「そうそう」


 「割り切る、しかないんじゃないですかね?」


 「割り切る?」


 「はい。だってそうじゃないですか。自分は仲が良いと思ってたのに相手はそう思っていなかった。それってこっちからは何もできなくないですか?」


 「まぁ、そうだな」


 実際俺も何もできていない。

 「だったら割り切って距離を置くしかないですよ」

 俺もそう思っていた。


 「でも、距離を取っても相手から詰めてきたら?」


 「…は?」


 「いや、は?じゃなくて」


 気持ちはわかるけどね。


 「…どういうことですか?相手から拒絶してきたのに相手から距離を詰めてきてるって事ですよね?」


 「まぁ、そうだな」


 「意味がわからないんですけど」


 「だよなぁ…」


 水無瀬からしても伊織の行動は意味不明らしい。


 「…ほんとに意味がわからないです。そっちが拒絶したからこっちは傷ついてるのに、それを何事も無かったかのように関わってくるなんてどうかしてます」


 「いや、こっちが何かしたから拒絶したのかもしれないし…」


 「何かしたんですか?」


 「…いや、心当たりはない」


 実際、拒絶される前はそんなに伊織と関わっていなかったから何かするって方が難しい気がする。


 「じゃあ、別にこっちから何かする必要なんてないじゃないですか」


 「そんなもんかねぇ」


 「そんなもんですよ」


 というか、そうするしかないのだろう。


 「こっちに非がないなら、相手からのアクションを待つしかないですよ」


 「待つしかない、ねぇ…」


 本当に俺に非はなかったのだろうか。

 冷静に考えると伊織が意味もなくあんなことを言うとは考えにくい。

 それとも、時間が経つにつれて伊織は変わってしまったのだろうか。


 「佐倉さんは優しすぎます」


 「優しくなんかないよ」


 いや、そんなことよりも、だ。


 「何か俺がそう言う状況に陥ってるみたいになってない?」


 「あれ?違うんですか?」


 「違うわい」


 違わないけど。

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