第53話 だめだった

 「花火綺麗だったね〜!」


 「うん…すごかった」


 「思ったより良かったわ!」


 花火大会は終わった。

 さっきまで盛り上がっていた喧騒は、静かな寂しい喧騒に変わっていた。

 今日という一日が終わろうとしているのだ。


 「なぁ、旭…」


 「ん?」


 後ろの方から声をかけられたから見てみると、そこには九十九がいた。

 相変わらずのイケメンだなぁ。

 …というか、なんか元気ない?


 「お前、伊織となんかあったのか?」


 そう聞くと九十九はその場で立ち止まった。

 幸い、俺たちが居たのは後ろの方のため、前のみんなからは気づかれていない。


 「九十九?」


 「…俺、だめだったわ」


 「は?」


 だめだった、とはおそらく伊織の事だろう。


 「なにお前、告白でもしたの?」


 「いや、さすがにしてないわ」


 「だよな、さすがにしないよな」


 まじビビったわ。


 「じゃあ、何がだめだったんだ?」


 「…あいつ、好きな人いるらしいんだ」


 「え?」


 あれ?伊織の好きな人って九十九じゃなかったのか?


 「だからもう、いいんだ」


 「いやいや、諦めるにはまだ早いんじゃないか?」


 まだ惚れ直す事だって十分あり得るわけだし。


 「もうちょっと続けても…」


 「旭」


 俺は言葉を遮られる。

 九十九は何かを決心したような顔をしていた。


 「いいんだ」


 「…そうか」


 まぁ、何か思うところがあるのだろう。

 とにかく、九十九がそう決めてしまった以上、俺から何か言うことなんてできない。


 「ねぇ!なにしてんのー?!」


 陽葵が手を振って俺たちを呼んでいた。

 他のみんなもこっちを見ていたから、俺たちは結構長く立ち止まってしまっていたのだろう。


 「なぁに、ちょっとした恋バナだよ」


 「は?!おま?!」


 堂々とそんな事を言える九十九に驚きを隠せない。

 何でそんなに堂々としてられるんだ?辛くないのか?


 「えっ?!誰の話?!」


 そんな九十九の戯言に一番反応したのは美波だった。あなた元気ねぇ。


 「さぁ、誰のでしょう?」


 そんでもって九十九君。何であんたそんなに楽しそうなん?

 え?もう気にしてないの?気にしてるの俺だけなの?俺は気になって仕方がねぇよ!

 そういえば結局、伊織の好きな人って誰なんだろうか。

 九十九じゃないんなら一体誰なんだろう。

 俺の知らない人なのか?

 うーむ…謎だ。

 知っても何の得にもならないものが、どうしても気になってしまう。人間よねぇ〜。

 まぁでも、好きな人の好きな人ってやっぱり気になってしまう。

 一体どんなやつなのか、伊織はどういうタイプが好きなのか。

 そういうことを気になってしまう俺はまだ、健全な心を持てているのだろう。

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