第52話 こんな感じ

 わかったことはいろいろある。

 あの三人組のうちの男子生徒は佐倉旭。

 濃いめの茶髪を肩の上くらいまで伸ばした可愛らしい女子生徒、伊織朝香。

 伊織よりも少し短めの茶髪の元気そうな女子生徒、佐倉陽葵。

 しかもこの陽葵という生徒と旭という生徒は双子らしい。

 まぁ、入学式の日の自己紹介じゃこれくらいしかわかる事はなかったが。

 別にただの一つのグループでしかないあの三人組だが、俺の中での男女の関係としては理想的な関係だったからか、魅力的で気になる存在だった。


 ある日の昼休み。

 俺は先生に頼まれて、教卓の上のクラス全員分のプリントを運ぼうとしていた。しかし、持った時にバランスを崩してしまい床にプリントを散らかしてしまった。

 最悪だった。中学時代、よく分からずに目立ってしまっていたから、高校からはあまり目立たないようにしようと思っていた。しかし、こんな恥ずかしい理由で目立ってしまうなんて。

 気分が落ちていく中、散らばったプリントを急いで集めようとするが、早く集めてしまおうという焦りからか、頭がうまく働かず無駄な行動が出てしまい、手が滑ってしまい、うまく拾えなかった。

 そんな中だった。

 小さな、綺麗な手がプリントを丁寧に集め始めたのだった。

 俺は反射的に手の主を見た。

 伊織朝香。

 彼女は俺を見るでもなく、慰めるでもなく、ただただプリントを無言で集めていた。

 見惚れてしまっていたのだろう。俺が気づいた頃には床に散らばっていたプリントは綺麗にまとめられて伊織が持っていた。


 「はい、どうぞ」


 「あ、ありがとう」


 今までの女の子は何かあるたびにオーバーな態度で接してきて、何かと繋がりを求めてきていた。

 でも、彼女は違った。

 彼女はプリントを渡してそのまま元いた場所に戻っていった。

 その時からだろう。俺は伊織を意識し始めたのは。

 我ながら単純なやつだとは思う。それでも俺は、初めて自分から女の子の事を知りたいと思ったのだった。


 それから数ヶ月が経って夏がやってきた。

 クラス内には大体のグループが出来ていた。

 俺は伊織と佐倉のいるグループに所属していた。

 その中に旭はいなかったが、特に疑問は思わなかった。

 俺は伊織朝香という女の子に完全に惚れていた。

 優しくて、かわいくて、思いやりがある彼女に、俺は惹かれていた。

 これが好き、という感情なのだろう。

 俺は初めて女の子を好きになった。

 所謂、初恋といつやつだった。

 気づけば目で追ってしまい、話せば心臓がバクバクする。

 だったらどうする。気持ちを伝えるのか?

 伝えたい。今の気持ちを無駄にはしたくない。

 でも、同じグループにいるからと言っても俺と彼女は少し話す程度。お互いのことをほとんど知らない。

 俺の経験上、知られないまま告白をされても困るだけ。

 もう少し彼女と近づきたい。でも、方法がない。

 仲のいいグループの人に相談するというのもありなのだろうが、なんか恥ずかしい。

 その時、頭の中にある男子生徒が思い浮かんだ。

 佐倉旭。

 あいつなら、話したこともあるし、伊織とも仲がいい。彼以外適任はいないだろう。

 

 聞いたところによると、旭も伊織が好きだったらしいが告白して振られてしまったらしい。

 彼のように親しい相手でも振られてしまうのに、俺なんか相手にしてもらえるのだろうか。そんな不安が募る中、旭は言った。


 「がんばれよ。言ってくれればできる限り協力だってするぞ」


 旭は優しかった。

 俺の想いを笑うわけでもなく、真剣に取り合ってくれた。


 「…ありがとう」


 俺はそう言うことしか出来なかったが、彼の想いを、助力を無駄にはしないようにしようと心に誓った。

 

 そして、夏休みに入ったある日。

 俺は旭から花火大会に誘われた。

 いったい何なんだと聞いたところ、この花火大会には伊織がくるらしい。おそらく、そういうことだろう。

 もちろん俺はその誘いを受けた。

 浴衣姿の伊織はとても綺麗だった。

 いつもは制服姿しか見ていなかったからか、別の姿を見るのは新鮮だった。

 旭にはいろいろ言われた。

 浴衣を褒めろや、出来るだけ自分から話しかけろとか、伊織の好きなものなど、しっかり助言をくれた。

 その助言通り伊織に接して、屋台を全て周り終えたあたりでは、だいぶ打ち解けることができたと思う。


 だが、そう思っていたのは俺だけだったようだ。


 買い忘れをした人たちと花火が観れる場所を取る人たちに別れて行動をしている時だった。

 俺の隣には伊織。

 そして少し前の方には旭と小野寺と皇が談笑していた。

 そんな中、皇が旭にたこ焼きを食べさせたのを伊織と俺は目撃した。

 所謂、あーん、と言うやつだろう。

 あの二人、付き合ってたのか?

 名前で呼び合ってるし、仲良いし。


 「なぁ、伊織は…」


 あいつら付き合ってると思うか?

 そう聞こうとしたが、俺はその先の言葉を言うことができなかった。


 「…」


 「っ!」


 彼女は真っ直ぐ旭を見て笑っていた。

 しかしその目は、悲しさや悔しさ、羨ましさと言った感情が見え隠れしていた。

 この時、俺は思ってしまった。

 あぁ…俺じゃだめなんだ、と。

 おそらく、旭は俺のために伊織から距離をとっていた。しかし、それは逆に伊織を苦しめていただけに過ぎなかった。

 これ以上、彼女を苦しめるわけにはいかない。

 本当に彼女のことを想うのならここで大人しく手を引こう。

 これが…失恋…。

 気を抜いてしまうと涙が出てきそうなくらい苦しい。悔しい。喉が渇いた。歯を食いしばり過ぎて顎が痛い。鼻の奥がツーンとする。周りの喧騒なんてもう俺の耳には入ってこなかった。

 辛いなぁ…。

 今まで告白してきた女の子たちはこんな気持ちだったのだろうか。なるほど、これは辛いな。

 この日、花火が上がる前に俺の初恋は終わった。

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