第41話 謝罪なんていらない
あれから俺も部屋に戻り、寝ようとするが隣の陽葵の部屋から話し声が若干聞こえてくる。気にならないといえば嘘になるが、どっちにしろ、ここからでは何を話しているのかわからないので気にするだけ無駄だ。
しばらくすると、みんな寝てしまったのか話し声は聞こえなくなっていた。
深夜の一時。
まぁ、夜更かしはお肌の大敵だからな、朝しっかり起きれば話だって遊びだってできるだろう。俺は学校ですけどね。
そう、俺は明日…十二時を過ぎてしまっているので「今日」か。今日いつも通り学校に行かなければならないのだ。
「やべぇ、全然眠くない」
それもそのはず、俺は十時間の睡眠をとり、九時間ほど前に起床したばかり。加えてこの時間は昨日、高橋達と通話しながらゲームをしていた。
生活リズムがぐちゃぐちゃだ。
寝よう寝ようと考えれば考えるほど目が覚めてくる感覚がある。
そんな事を考えながらも、目を瞑るが全く眠れない。
一度起きてスマホを確認すると画面には一時残十二分と表示されていた。もう三十分経ったの?
非常にまずい状況ですねぇ。このまま眠れないと今日の仕事を働かない頭でこなさなければならなくなる。
「喉渇いた」
一回飲み物でも飲んで気分を落ち着かせよう。うん、そうしよう。
俺は階段をなるべく音を出さないように降りて行きリビングに到達。手探りで照明のスイッチを探して電気をつけ、冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出しコップに注ぐ。
窓を開けて、適当に座りながら夜空を見上げる。今夜は三日月だ。
夏の夜の風は冷たく、心地よい。そんな風を顔に受けながら麦茶を一口飲む。
うん、今の俺すごく大人っぽいな。
こうしてしばらくしたら、眠くもなってくるだろう。
そうやって月の周りの星を数えながら麦茶を飲む。
「…旭?」
「え?」
ガチャっと扉の方から音がしたかと思うと、伊織が恐る恐ると言った感じで扉から覗いてたいた。
「…どした?」
「誰か下に降りていった音が聞こえたから」
「あー悪い、起こしちまったか」
「ううん、もとから眠れてなかったし、大丈夫だよ」
「そっか」
そこで会話は終わる。
その後、伊織は上に戻っていく…と思ったのだがその場から動くことはなかった。
「…えっと、なんかあった?」
「何…してるの?」
「え、あー、眠れないから気分転換に空見てた」
「ふ、ふぅん…」
これで疑問もなくなり上に戻っていく…と思ったのだが、こっちに近づいて俺の横にちょこんと座った。え?
「…寝ないの?」
「眠くない」
「…麦茶飲む?」
「…うん」
陽葵の部屋に戻る気が無さそうな伊織から麦茶のオーダーを受けてお客さん用のグラスに氷と麦茶を注ぐ。
ついでに俺の麦茶もプラスしてさっきの場所に戻り、伊織にグラスを渡す。
「へいお待ちぃ!」
「…ありがと」
このままいるのも少々気まずいので少しボケてみたが普通にスルーされた。ぐすん。
「旭はさ…今楽しい?」
「はい?」
伊織って最近普通に話を振ってくれるよな。まぁ、変に気を遣われるよりかはマシか。だったらこっちも普通に話すのがいいだろう。
「うーん…まぁまぁかな。可もなく不可もなく、それなりに楽しめてはいる気がする」
「そうなんだ」
「伊織はどうなんだ?」
三日月を見ながらそう聞く。
「…楽しいよ。すごく」
「それはよかった」
俺が関わることが少なくなってから伊織は学校生活をエンジョイできているようだ。こういう言い方すると俺のせいで今まで楽しめてなかったって解釈になるけど、あながち間違ってもいないような気もするので訂正はしない。
伊織から拒絶されたのが春で今はもう夏。そんなに経ったのか。
あれ以来、俺は伊織から距離を取るようになった。
しかし、伊織が普通に接してくるため、避けるのもどうかと思い「ただのクラスメイト」と言う形で接し続けている。
麦茶を飲もうとして氷が口の中に入ってきたため、仕方なくバリボリと音を立てて噛み砕く。
この静かな空間の中、明らかに異質な音が鳴り響いた。
そんな中、俺の耳には綺麗な聞きなれた声が入ってきた。
「でも…少し物足りないんだ」
「もひょたひまい?」
「…全部噛んでからにして」
「ひょっほまっへ」
「…ふふ」
氷を噛み砕くのに難航していると伊織は可愛らしく笑った。
「やっぱり旭と話すのは楽しいな」
そう言って伊織はグラスをお腹の上で抑えて仰向けになる。こぼすなよ?
「旭と話してる時が一番楽しいし、一番気楽に話せると思う」
「…そうかい」
「うん」
横目でチラッと見ると仰向けでこちらを見る伊織がいた。
正直に言うと俺も伊織とこうやって普通に話せるのは嬉しい。久しぶりで俺の感覚がおかしくなっているのかもしれない。
だけど、だからなんだと言うのか。
「ま、久しぶりに話したからそう言う感覚に陥っているだけだ」
「そんなことない」
そう言ってお互い睨み合う。この場の温度が少し下がった気がしたが、それは夜風のせいだけではないだろう。
少しの間睨み合っていると、伊織は打って変わって悲しそうな目をする。
「やっぱり…怒ってるよね…あの時の事」
「別に怒ってはいない」
あの時、とは伊織が俺を拒絶した日のことだろう。
別に怒っているわけではない。
ただ、自分がどう思われているのかを認識して立ち回りを変えただけだ。
「……ごめんね」
注意していなければ聞き逃してしまいそうなほどか細い声が聞こえてきた。
「…だから。怒ってないって」
「…ほんとに?」
今にも泣いてしまいそうな、そんな弱々しい声が響いた。
あの時の拒絶に対して謝ったのだったら、なぜあの時あんなにも俺のことを避けていたのか。なぜ俺は理不尽にも拒絶の言葉を投げかけられたのか。
謝罪なんていらない。ただその答えを知りたい。
けれど、今の彼女には何を聞いてもまともな回答を得られそうにない。
俺はモヤモヤを抱えたまま伊織の方を向いた。
「怒ってないから、早く寝な」
「あぅ」
涙目の彼女の頭を強引に撫でてやる。サラサラの髪が指を通り抜けていき、フワッとシャンプーの匂いが香る。
あぁ、昔もこんな事してたっけなぁ。
伊織が泣きそうになったら大体こんな風に慰めてたっけ。
けれど、「ただのクラスメイト」はこんな事はしない。でも、こんなところで泣かれても困るし、後で陽葵になんて言われるか…。
まぁ、今日だけは深夜テンションが許してくれると言う事で、お一つ。そういえば今何時なんだ?
伊織の頭を撫でながらスマホを開くと画面には三時五分と書かれていた。
あ、オワタ。
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