第32話 想い

 季節はもう夏。衣替えの期間はとっくに入っていたため、ちらほらと半袖の生徒は見かけたがまだそんなに多くはなかったはずだ。

 しかし今日はほとんどの生徒が夏服で登校している。

 今日の最高気温は三十四度。なぜいきなりこんなに気温が上がるのか。なぜこんな日に登校しなければならないのか。

 俺は教室の窓から登校してくる生徒たちを見ながらそんな意味もない事を考えていた。


 「あぢぃぃ」


 窓から吹き抜ける涼しい風。なんてものはなく、あるのはジリジリと照りつける太陽のみ。


 「おはあさひー」


 暑さにやられていると後ろから高橋の声が聞こえてきた。

 高橋も暑さでやられているのか声にいつもの元気がなかった。「おはあさひー」など意味のわからない略し方をしてくるあたり頭もやられてしまっているらしい。


 「なんでこの学校エアコンないんだよ」


 「扇風機なら後ろにあるぞ」


 「こんなに暑かったら飛んでくる風は温風だろ」


 たしかに、こんな暑い日に後ろの扇風機のみ、というのも少々つらい。若干飛んでくる風も生ぬるい。


 「みんな夏服だな」


 「そりゃな」


 俺の隣に来て高橋も窓から生徒たちを見下ろす。


 「いいよな、夏服」


 「は?」


 いよいよ頭が深刻な状況になってきたらしい。


 「だって夏服だぜ?!半袖になっただけで女子がいつもと違って見える!」


 「はっ?!」


 そういわれて俺も登校中の女子生徒を見てみる。

 長袖では見られない健康的で白く、細い腕が見えるではないか。そこから伸びる指でシャツの胸元を摘んでパタパタと空気を送り込む様…素晴らしい。


 「そうか、夏にはそんな楽しみ方が…お前天才だな」


 「よせ、照れるだろ」


 こんなバカな話をしても盛り上がってしまう男と言う生き物は本当にしょうもない生き物だ。

 だが、それは我らの本能であり誇りでもある。

 恥じることなど何一つない。


 「…そろそろやめとこうぜ。なんか怒られそう」


 「だな」


 「…何してんだ二人して」


 そろそろやばそうなので、と窓から離れようとするとまたしても後ろから声が聞こえてきた。


 「あ、宗教勧誘は結構です」


 「それもういいから」


 いたのは怪しい宗教勧誘ではなく九十九。イケメンだ。禿げればいいのに。おっと、どこぞの中学生の毒舌が移ってしまったようだ。

 九十九も俺たちと並んで窓の外を見る。


 「何見てたんだ?」


 「女子の夏服ってかわいいなって」


 「…気持ちはわかるがやめておいたほうがいいぞ」


 九十九もやはり男子。こう言うことに興味はあるらしい。しかし、顔だけでなく性格もイケメンのため対応は実に紳士的だ。


 「わかってるわかってる。今やめようって話してたんだよ」


 小学生の言い訳みたいな言葉が出てしまった。

 しかし、事実なのでこれ以上言うことがない。


 「あ、伊織と佐倉じゃん」


 「ぬわぁに?!」


 「お前…」


 百八十度回転し窓の外を見る。

 伊織はすぐに見つかった。

 何だあのかわいさは?!

 何だあのエ…おっと、これ以上はいけません。


 「二人かわいいから目立つな」


 「だな」


 「二人?あっおい!陽葵邪魔!」


 「お前…」


 伊織の前に壁が立ちはだかる。くそっ!見えねぇ!


 「俺は佐倉のほうが好みだな」


 「やめとけ高橋。ありゃ事故物件だ」


 「さっきから酷ぇなお前」


 弟の俺が言う。やめろ。

 機嫌が悪い時に話しかけるだけで凶器が飛んでくるぞ。いやマジで。

 俺と高橋が言い合っていると黙って窓の外を見ていた九十九が徐に口を開いた。


 「俺、伊織が好きなんだ」


 「…へ?」


 「…は?」


 俺と高橋は同時に声を発し九十九を見る。


 「まじ?」


 「まじ」


 「ライクじゃなくてラブ?」


 「おう」


 衝撃のカミングアウト。

 まぁ、昼休みとか結構一緒になってるの見るし、中良さそうだったもんな。


 「いいじゃん、応援するぞ?」


 「おい旭?」


 「いいのか?」


 「何が?」


 何が不満なのか。

 別に良くね?好きなら好きでがんばればいいじゃん。


 「旭は伊織が好きだったんじゃないのか?」


 「好きだよ。でも振られてっから」


 「そ、そうか」


 そう、俺は振られている。

 俺がいくら想おうともこの先俺の想いが伊織に届くことはない。


 「それに、人を好きになるのに許可なんかいらないだろ?」


 想いは人それぞれ。

 他人の想いをコントロール、ましてや制限なんて絶対にしてはいけない。

 俺は九十九の胸に拳を当てる。


 「がんばれよ。言ってくれればできる限り協力だってするぞ」


 「…ありがとう」


 そう言ってイケメンスマイルを見せて九十九は席に戻っていった。


 「…いいのか?」


 「何言ってんだ。あんな性格のいいイケメンが伊織の相手なら納得だろ」


 事実、二人が並んでいる姿は輝いて見えた。


 「それに、好きな人の幸せを願うこともまた、一つの想いだろ?」


 伊織がこの先あのイケメンとキラキラした青春を送って楽しんでくれるのなら俺はそれでいい。


 「…そっか。なら俺も協力するわ」


 そう言って高橋は伸びをした後、自分の席に戻っていく。

 俺の想いは決して消えてなくなったわけではない。

 俺の想いと九十九の想いの行き着く先が違うだけ。

 想いは人それぞれ。

 俺の想いはもう届くことはないが、幸せになってほしいという想いが実現するのなら俺はずっと彼女のことを想おう。

 これも、一つの「想い」の形だ。

 

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