第31話 彼女とは

 陽葵が買ってきたジュースを飲んで休憩を挟んだ後、俺たちはまた勉強を再開していた。

 俺たち三人はまた会話を挟むことなく黙々と参考書やノートに目を通していた。

 二人が真面目に勉強している間、俺はさっきの出来事を思い返す。


 『旭はさ…今、楽しい?』


 何を思って拒絶した相手にあんな事を聞いてきたのか。


 『私は…楽しい…』


 「っ!」


 やっと最近、ただのクラスメイトになれたと思っていたのに。

 なんでそんな事言うんだよ。俺をどうしたいんだよ。

 決して顔には出さないように不満を心の中で叫ぶ。

 だが、不満は膨らんでいくばかりで、考えれば考えるほど頭がぐちゃぐちゃになっていく気がした。




 「そろそろ終わろっかー」


 時刻は午後六時過ぎ。家庭によってはそろそろ晩御飯を食べる時間になっていた。


 「それじゃあ、私はそろそろ帰るよ」


 荷物をバッグに詰めて伊織は玄関の方に向かっていった。

 その後を俺と陽葵は伊織を見送るためについていく。


 「じゃあね!朝香!」


 「うん、またね」


 伊織と陽葵は目を合わせ中良さそうに笑い合う。

 すると伊織は今度は俺の方を見る。


 「…またね」


 「…あ、あぁ」


 何とも言えない表情でそう言ってきた伊織に俺は挙動不審になってそう返した。

 その後、伊織は家を出ていき、俺と陽葵だけのいつもの空間に戻る。


 『私は…楽しい…』


 結局、伊織に俺は嫌われていないのだろうか。


 『旭とこうして話せて、楽しい』


 伊織はまだ俺と一緒にいる事が嫌じゃないのか?


 「わからん…」


 「どうしたの?さっきから唸ってるけど」


 陽葵がそう聞いてくる。心配させてしまっただろうか。


 「陽葵」


 「んー?」


 「…俺は、伊織がわからない」


 「…そっか」


 納得したように頷く陽葵を見て、やはり今日俺をこの場に留めたのには理由があるのだろうと確信した。


 「旭はさ、あんな事あったけど、朝香の事嫌いになっちゃった?」


 「まさか、なんなら今でも好きだよ」


 「うわぁ…さすがだね」


 何で引いてんだよ。俺は正直に答えただけだろ。

 陽葵は小さなため息をつく。いや、だから何で。


 「そう言う事なんだと思うよ」


 「なにが?」


 「旭が朝香を嫌いにならないように、朝香も旭を嫌いにはならないんだよ、きっと」


 そう言ってドヤ顔を決めてくる。ほっぺ引っ張ってやろうか。


 「でも、俺はかまうなって面と向かって言われてるんだよ」


 「女の子は複雑なんだよ」


 「はぁ?」


 困ったような陽葵に対して俺は気の抜けた返事をするしかなかった。

 意味がわからない。

 この言葉はこういう時に使うんだろう。本当に意味がわからない。


 「とにかく!そんなに悲観する事ないって事だよ!」


 「は、はぁ」


 悲観する事はないって言われても、あんな出来事があったのに、はいそうですか、と納得できるわけがない。


 「それじゃ、ご飯の準備よろしくね」


 そんな俺の気も知らずに陽葵はそう言う。


 「煮込みラーメンでいいっすか?」


 「そろそろ本気で料理のレパートリー増やしたら?」


 そう言われてもこの家は陽葵がしっかりした料理ができるし、俺がする必要はあまりないはずだ。


 「そんなんばっかりだと栄養偏るよ?」


 「なるほど、だから陽葵には栄養がいっていないのか」


 「誰がまな板だよ」


 そんなくだらない会話をしながら俺は台所に向かう。

 悲観しなくていい。

 これは陽葵からの慰めの言葉なんだろう。

 けれど、俺はこのままでいい。

 俺は本気で伊織が幸せならそれでいいと思っている。

 陽葵は気を遣ってくれているが、俺からはもう彼女にできることはない。

 伊織はかわいい。俺にはもったいないくらいに。

 高嶺の花。

 俺に取って彼女は手の届かない存在だったんだ。

 それでも、彼女はいままで俺と関わり続けてくれていた。

 そんな彼女の物語を俺が介入して壊してしまうくらいなら、俺は彼女の「ただのクラスメイト」のままでいい。

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