第26話 可愛い私
気まずい雰囲気の中、俺と少女は見合う。
この少女は先ほどまで高橋と気まずい雰囲気を作っていたはず。
それがなぜ、俺のところに来てまた同じような雰囲気を作っているのか。
それに俺は高橋じゃない。一緒にしないで欲しい。
「えっと、嘘ですよね?」
「何が?」
「高橋さんですよね?」
「違いますね」
「いやいやいや」
「高橋さんじゃないですね」
「…」
「…」
そしてまたお互い無言になり気まずくなる。
なに?これなんて拷問ですか?
なんとなく、何もすることがないので彼女を見てみる。
身長は小さめ、整った顔立ち、暗めの茶髪を肩くらいまで伸ばしている。
そして、彼女のアピールポイントだろうか、短めにまとめられたサイドテールが風でぴょこぴょこと揺れている。
沈黙に耐えきれなかったのか、少女は鞄の中をゴソゴソとあさりはじめ、一枚の紙切れを出した。
「これ、
そう言って彼女が見せてきたのは俺が失くした高橋の課題プリントだった。
「あ!それ俺の課題!」
「へ?」
彼女の持つプリントを見て気づいたのか、高橋がこちらに近づいてくる。
なるほど、これを届けにきてくれたのか。優しいな。
「じゃ、そう言う事で」
「ちょ、ちょっと!」
俺に用がないことを確認し、帰ろうとするとまたも少女は俺の前に立ちはだかる。
「これ!あなたが…あぁもう!あなた名前なんですか?!」
「佐倉旭です」
「じゃあ佐倉さん!これ、あなたが落としていったプリントなんですよ!」
「へ?いつよ?」
「…あなた、脳みそ溶けてるんですか?」
「あなた、結構口悪いのね」
いつ落としたのか、ただ聞いただけなのに罵倒されてしまった。解せぬ。
すると少女は大きくため息をついてこちらを恨みがましい目で見てくる。いや、ほんとになんで?
「…今朝、私を助けてくれたときですよ」
「…あぁ、あの時の子かぁ」
「そもそも認識してなかったんですね」
路地だし暗いし学校だしでそこまで気は回っていなかった。
「とりあえず、そのプリントもらっていい?」
「あ、はいどうぞ」
そう言って少女はプリントを渡してくる。
それを受け取り、今度は俺が高橋にそのプリントを渡した。
「よかったな」
「よかったな、じゃねぇよ」
何が不服なのか。自分の失くなったはずのものが返ってきたんだぞ。もっと喜べ。
「とりあえず、早いうちに先生に出しといたら?」
「…それもそうだな。後で話聞かせろよ」
その言葉を最後に、高橋は校舎の中に入っていった。
「んじゃ、そゆことで」
「何回やるんですかそれ」
「まだなんかあるの?」
あれから時間もだいぶ経っただろう。さっきまでできていた人だかりも、いつの間にか消えていて、校門の前には俺と少女しか人がいなかった。
「こう言う時は決まってるじゃないですか♪」
最後に音符マークがつきそうなトーンで訳のわからないことを言い始めた少女は俺に向き直って咳払いをした。
「千石中学、三年の
「別にいいよ。俺、叫んだだけだし」
「そんなことないです。私一人じゃどうにもならなかったし、なにより、怖かったですから…」
「まぁ、そうだろうな」
中学生の女の子が路地に引き摺り込まれて大人の男に押さえ込まれる。恐怖体験だろうな。
「何か私物盗られた、とか怪我した、とかって言うことはない?」
「はい、特にないです」
「なら良かった」
せっかくだから最後に一つ質問をしてみようか。
そもそもの問題なぜ、あんなところにいたのか。
「なんで一人であんな路地に?」
「……回り道をしたかったんです」
「回り道?」
なぜわざわざそんなことをするのか。
あれか、たまに違う道を通ってみたくなった的な。
「人に会いたくないんですよね」
違いました。結構重そうな話でした。
「ずっとここにいるのもなんですから。歩きながら話しましょう」
そう言って水無瀬は先に歩いていったので、仕方なく俺もついて行く。
しばらく歩いたところで、中学生くらいの男子生徒数人が水無瀬を見て近づいてくる。
「水無瀬さん!こんなところでどうしたの?」
「ん〜?ちょっとこっちに用事があっただけだよ〜!」
俺はその会話を他人のふりをして聞いてみる。
「これから俺たち遊びに行くんだけど、良かったら水無瀬さんもどうかな?」
「ん〜今日はまだ用事があるからまた今度ね♪」
甘ったるい声でそう言う。
誰?さっきと別人なんだけど。声のトーンから違う。
「そっか、しょうがないね。じゃあ、また明日!」
「うん!また明日ね♪」
そう言って男子たちは離れていく。
完全に見えなくなったところで水無瀬に話しかけてみる。
「友達か?」
「友達なんかじゃないですよ。勝手に親しそうにしてくるだけです」
さっきの男子たちが聞いたら泣くだろうなぁ。
「ほんと、男子なんてみんな禿げればいいのに」
「お前、ほんとに口悪いな」
怖いよう。この子怖いよう。
「あれが普段のお前なのか?」
「…はい、だから人を避けてたんですよ」
「はぁ?」
いまいち要領を得ない。
「人気者じゃないか。なんで避ける必要があるんだ?」
いたって単純な疑問だった。
しかし、彼女の表情を見るに単純な問題ではないことを悟る。
「みんなが好きなのは『可愛い私』で『私』が好きなわけじゃないんですよ」
「は?」
「だから、素の私を好きな人なんていないんですよ」
あぁ、そう言うこと。言われてやっと意味が理解できた。
「ちょっと前まではこんなことしてなかったんですよ。こんな口の悪い私に近寄ってくる人なんてあまりいませんでした」
単純に環境が悪かっただけでは?
俺は全然話しやすいと思うけどな。
「ある時、親から愛想良くしろ、って言われて、嫌々ながらも愛想良く振る舞ってたんです」
「それがあれか」
「はい。誰も素の私なんて興味ないんですよ」
淡々と言う水無瀬にかける言葉など思いつかず、黙っていると水無瀬は俺の方を向いた。
「佐倉さんは『可愛い私』にはあまり興味なさそうでしたね。ホモなんですか?」
「なんでそう言うこと言う?」
ホモじゃねぇし。俺にそっちの気はない。
「このまま愛想良く振る舞っても疲れるだけですし、なにより『私』が否定されてるみたいで、なんかやなんです」
そう言って水無瀬はまた歩き始めた。
水無瀬は悪くない。自分を消し去らなければならないこの世の中が、悪いのだ。自分を消して相手のご機嫌を伺わないといけないこの世の中が。だから、彼女自身を否定する、なんてことがあってはならない。
「別に素のまんまでいいだろ」
「…?」
「そんな薄っぺらい仮面を被って話されるよりだったらよっぽどマシだと思うけどな」
「慰めてくれてるんですか?」
「いや、本心だよ」
「…へ?」
これは虚言でも妄言でもなく、紛れもない本心だ。
「『可愛い水無瀬』より『水無瀬』の方が話しやすくて俺は好きだわ。話しやすいし、そこそこ面白い、何より本音で話せてるって感じがして」
ポカン、と口を開けたままの水無瀬。
アホみたいな顔してんなぁ。
そんなことを考えていると急に水無瀬が笑い出した。
「脳みそ腐ってるんですか?」
「おい、なんかさっきより悪化してないか?」
そんなやりとりをしてクスクスと笑う水無瀬。
あぁ、やっぱり俺はこっちの方が話しやすい。
何がしたくて、何をして欲しいか分かりにくいあっちの方よりも、数倍やりやすい。
「なんか変なこと話しちゃってすみません」
「ほんとだよ」
「佐倉さんはモテなさそうですね」
「テメェ」
そう言ってまたクスクスと笑う水無瀬。
こんなやりとりをしながら数分歩いていると家に行くための別れ道に着いた。
「じゃあ、俺はこっちだから」
「はい。色々とありがとうございました」
「ほんとだよ」
「処しますよ?」
処さないでください。怖いです。
「じゃあな」
「はい、またいつか」
そう言って俺と水無瀬は別れる。
不思議な出会いだったなとふと思う。きっかけは不審者から助けただけなのに、なんか後輩ができたような気分だ。高校一年生になったばかりなのにもう先輩ヅラしている自分がおかしく、にやけてしまう。
「佐倉さーん!」
そんなことを考えていると後ろから水無瀬が大きな声で俺を呼んだ。
「先輩ぽい事言ったからってあんまり調子に乗っちゃダメですよー!」
「うるせー!」
あいつは今度会ったら締めよう。
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