第11話 少女の心変わり

 朝香から急いで逃げてたどり着いたのは最近では、見慣れた保健室。嫌なもん見慣れたな。

 とりあえず扉を開け保健室に入ると、そこには皇さん、ではなく、別の女の子がいた。


 「あ…こんにちは…」


 「あ、どもっす」


 なんかよくわからないが挨拶されたのでしっかり挨拶を返す。これぞ社会人。

 まぁ、俺まだ学生だけどね。

 にしても、かわいいなこの子。肩より少し伸ばしたきれいな黒髪。前髪は目より少し上のところで切られていて、かわいらしい大きな目がこちらを見ている。

 うん、かわいい。


 「…あの…こんにちは?」


 「…あぁ、ども」


 「え…?」


 女の子をじっと見すぎていたせいか、怪しまれたらしい。申しわけねぇな。


 「何やってんだお前」


 女の子とよくわからない会話を繰り広げていると、奥のほうから三島先生と日比谷先生が出てきた。


 「あれ?今日は三島先生もいるんですね。暇なんですか?」


 「お前と一緒にするな」


 いや、俺だって暇じゃないわ。

 とりあえず話を戻そう。皇さんはどこへ?


 「ところで、皇さんはどこにいるんです?」


 放課後にもう一回来るって言ったからいると思うんだが。


 「はぁ?何を言っているんだお前は」


 「は?いやだから皇さんはどこに?」


 「…秋、急患だ。頭がおかしいらしい」


 「おい」


 勝手に俺を病人にするな。俺の頭は正常…あれ?もしかして皇さんは俺の妄想の世界のキャラクターだったとかいうオチだったりする?

 だとすると重症だわ俺。先生、患者は俺です。日比谷先生、治療お願いしますエヘヘ。

 そんなことを考えながら日比谷先生を見る。


 「あらまぁ、イメチェンしたばかりの女の子にその態度はないんじゃない?」


 「先生、急患です。先生方の言っていることがわかりません」


 「皇さんならそこにいるじゃない」


 日比谷先生がそう言い俺の後ろを指さす。そこを見るとさっきの少女がいた。


 「こ、こんにちは!」


 「うっす」


 さっきの少女が挨拶をしてきた。律儀な子だなぁ。


 「んで、どこにいるんです?」


 そう聞くと先生たちは俺を哀れなものを見るような目で見てくる。やめろぉ!俺をそんな目で見るな!


 「さ、佐倉くん!」


 「はいぃぃ!?」


 急に後ろから声をかけられたのでびっくりして変な声が出てしまった。最近変な声出すこと多いな。

 あれ?そういえばこの子『佐倉くん』って…。


 「え?す、皇さん?」


 「は、はいぃ」


 「ふぁっ!?」


 嘘やん。髪の毛ちょっと切るだけで女の子ってこんなに変わるもんなの?!こりゃ、気づかない男子は怒られるわな。


 「でも昼休みは前髪伸ばしてたような…」


 「私がちょっといじったのよ」


 「わ、わたしがお願いして…」


 「へぇ」


 俺が皇さんの変貌に感心していると、皇さんが不安そうに俺を見てくる。


 「そ、の…変かな…」


 ウルウルした目で見てくる皇さん。か、かわいいなぁ!なんだよそれ!怒るよ?!


 「いや、変じゃない、むしろかわいいけど」


 「か、かわ?!」


 先生たちがやれやれといった感じでみてくる。なんなんださっきからあんたらは。


 「君の眼を見て話したいって言ったのよ」


 「へ?」


 「君と話して、彼女は『変わりたい』と思ったのよ」


 つまり、俺が彼女の心を動かしたと。ふむ、わからん。


 「えっと…」


 なんと返せばいいのかわからん。こんなこと言われてどうしろと?

 俺が言葉に詰まっていると、今まで黙っていた三島先生が口を開いた。


 「どうだ皇。佐倉弟が『かわいい』と言ってくれたんだ。クラスに顔を出す気はないか?」


 「え…?」


 「ずいぶんいきなりですね」


 「前から言っていたことだ」


 そういえば入学式の後からずっとここにいたんだっけ。


 「それで、どうだ、皇」


 三島先生はもう一度聞く。


 「いまなら隣に佐倉弟がついてくるぞ」


 「?!」


 なにそのテレフォンショッピングみたいな宣伝の仕方。

 ん?ちょっと待てよ、こいつまさか。


 「あんたもしかしてこのために俺をあの席に?!」


 「さぁ、どうだろうな」


 すごいいい笑顔を向けてくる三島先生。殴りたい、この笑顔。


 「あ、あの!」


 俺と三島先生がけん制しあっていると皇さんが口を開いた。


 「わたし、クラスに、いって…みたい、です!」


 「「「?!」」」


 皇さん以外がそれぞれ驚きの反応を見せる。

 あのビクビクして話すのもままならなかった皇さんがこんなに立派になって!


 「大丈夫?無理しなくてもいいんだよ?」


 「だ、大丈夫!」


 「そ、そう」


 「それに…クラスのみんなと、話してみたい…!」


 こ、こんなに立派になって!二回目。

 これが親の気持ちなんだろうか。この子、俺が育てたんだぜ。


 「そうか、いい返事を聞けて良かった」


 三島先生が優しい顔で笑ってそういった。

 あんた、そんな顔もできるんだな。


 「今日はもう帰りなさい。続きはまた明日」


 日比谷先生が話を締める。


 「そうだな」


 三島先生も同意する。


 「さぁお前ら、今日は帰ってゆっくり休め。話なら明日でもできる。だろ?」


 そう、別に今日話さなければいけないことなんてない。明日会えればゆっくり話すことだってできる。


 「じゃあ、またね皇さん」


 そう、別れの挨拶をして保健室の出口に向かう。


 「さ、佐倉くん!」


 扉に手をかけたところで皇さんが呼び止める。


 「ま、また明日!」


 そう、皇さんは笑顔で言う。今度は前髪で顔が隠れているわけではない。

 彼女の笑顔は年相応のかわいい笑顔だった。


 「うん、また明日」




 翌日、皇さんのことで安心しきっていたのか、ぐっすり眠ることが出来た。いや、できてしまったのだ。

 目覚まし時計を見てみると急げばぎりぎり間に合うような時間だった。目覚ましかけろって?やだようるさいもん。

 今回も何回かおこしに来てくれていたのだろう、陽葵の字で「バーカ」と書かれた紙が枕元に置かれていた。よし、あいつの昼飯に消しカスいれよう。




 無事遅刻することなく学校に到着し、上履きのかかとをつぶしながら教室に向かう。

 教室に近づくとだんだん騒がしくなってきた。てかうるせぇ。

 何の躊躇もなく教室の扉を開けると、俺の机の周りに人だかりができていた。


 「どったの?―グハァ?!」


 席に近づいて様子を見ようとすると何かが俺の鳩尾に突っ込んですぐに俺の後ろにしがみついた。

 新手の罠か?!

 鳩尾を抑えながら背中のほうを見るとそこには皇さんがいた。

 どうやら俺の席ではなく、皇さんに群がっていたようだ。


 「皇さん!すごいかわいいじゃん!」


 「いままでどうしたの?大丈夫だった?」


 「髪型変えたの?」


 など、複数のクラスメイトが俺の後ろの皇さんに寄っていく。

 俺は皇さんの手を引いて前に持ってきて、その背中を押す。


 「みんないい人だから、大丈夫だよ」


 これでやっとクラスメイトがそろった。ほかのクラスメイトも似たような気持になっていることだろう。

 皇さんも、困ったような顔をしているが嫌そうにはせず、少し笑っているようにも見える。ほかの生徒もそれに連なるように、皆、少年少女の笑顔を浮かべていた。


 ただ一人、俺の幼馴染の朝香を除いて。

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