第9話 彼女は二度泣く

 保健室前に一人、いたって健康的な少年の俺、佐倉旭が入っていいものか迷っていた。いやだってこれから泣き顔みちゃた女の子と対面するんだよ?俺の心が持たねぇわ。

 とりあえず、ここに突っ立っててもただ目立つだけなので意を決して保健室の扉に手をかける。


 「ぁ…」


 薬品の香りが漂う中、前髪で顔を隠した少女、皇さんと目が合った気がした。そしてそらされた。

 そうだよね、気まずいよね。俺は君の泣き顔見ちゃったし君は俺に見られちゃったもんな。


 「やっほ、さっきぶりだね」


 「……」


 皇さんは黙ってうなずく。

 おい、これどうしろと?気まずすぎるんだけど?!


 「…さっきは…いきなり泣いちゃって…ごめんなさい」


 予想外なことに、話を振ってきたのは彼女のほうからだった。


 「別にいいよ。というか、こっちのほうこそ変なこと言ってごめんね。気持ち悪かったでしょ?」


 「ううん!そんなこと…ない!」


 「そ、そう?」


 「うん…」


 どうやら俺のことを嫌いになってはいないようだ。


 「わたし…あんな風に言ってもらえたのがうれしかった…」


 彼女はそうつぶやく。


 「あの…」


 「ん?」


 「その…お話…聞いてもらえる?」


 そう不安そうに聞いてくる彼女。

 それはこちらとしては願ったりかなったりなんだが。


 「いいの?あんまり話したくないなら無理に話さなくても…」


 「いえ…だいじょぶです…」


 「そっか」


 理由はよくわからないが話してくれるのならしっかり聞こう。


 「中学くらいの頃のお話です…」







 皇さんは途中で苦し気な表情を見せながらも最後まで話してくれた。

 中学時代、仲のいいグループの犯罪にも似たような行為を皇さんは止めに入った。仲が良かったからこそ止めたっかったのだろう。それはもう必死だったそうだ。

 行動を止められたグループの人たちは皇さんが必死に止めたおかげで特に問題を起こすことはなっかったそうだ。

 だが、それだけでは終らなかった。

 『空気よめよ』

 その言葉を最後にグループの人たちは皇さんから離れていった。

 だが、まだ終わらなかった。そのグループは自分たちのことを棚に上げ皇さんを悪者にし、彼女を孤立させた。孤立した彼女は周囲からいじめのようなものを受け、次第に人とかかわるのが嫌になった。

 話は要約するとこんな感じだった。


 『わたしが一緒だとみんな不幸になっちゃう…』


 思えば、この言葉は遠回しに俺とかかわることを拒絶した言葉だったのだろう。

 すべて話し終えた皇さんは顔を下に向けたままつぶやいた。


 「わたしが…悪かったのかな…?」


 違う、君は悪くない。

 そう言ってやれるほど俺の頭は冷静ではなかった。

 きっと彼女は内気でも元気でかわいらしい子だったのだろう。

 そんな彼女をこんな風にしたグループの連中に沸々と怒りがわいてくる。


 「自業自得…だよね…」


 そう彼女が言った瞬間、保健室を通り抜ける強めの風が吹いた。

 熱くなっていた頭は今の風で幾分か冷めたようだ。


 「ちがうだろ」


 「…ぇ」


 まだ冷静さを取り戻せてはいないようだ。若干低めの声が出てしまったため皇さんを怯えさせてしまった。

 だが、俺の頭はそんなことはお構いなしに話を続ける。


 「君は全く悪くないだろ」


 彼女は理不尽にも自分の行動が悪だと決めつけられた。彼女の行動は正しい。

 でも、認めるしかなかった。このまま自分は悪くないと言い聞かせても周囲が、環境が彼女を壊しにかかるだろう。

 自分が悪だと認めるしかなかった。


 「君は正しいことをしただけだよ」


 この決断がどれだけ苦しかったものなのかは本人しか知らない。

 だが、そんなもの俺は認めない。


 「君が止めに入ったからこそ、その人たちは過ちを犯すことはなかった」


 「…っでも!わたしがあんなことしなければ!クラスのみんなは平和に暮らしてたかもしれない!」


 「その程度で保たれる平和なんてすぐに消えるよ」


 「っ?!」


 だってそうだろう?


 「だって、悪いことを悪いと認めないような奴らなんて、ろくな奴らじゃないだろう?」


 「そ、それは…」


 「だから自信もちなよ」


 「え…?」


 「自分は正しいことをしたんだって。誇りなよ」


 彼女の行動を正しく評価する環境がなかった。これに関しては今更どうしようもない。

 でも、彼女自身の自己評価を正すべきだと思った。


 「何回だっていうよ。君は正しいことをした。君の行動はその人たちを救ったんだ」


 「うっ…」


 「だから自信もちなよ!『わたしはあいつらを守ったんだ!』って!」


 一人の学生である俺には過去に戻ってそいつらをぶん殴ってやることはできない。

 それでも、彼女が今まで背負ってきた重荷を少しはおろすことが出来るのではないか。

 だから彼女の横に行き、頭をなでながらこう言った。 


 「一人でよく頑張ったね」


 「…っ!うん!…うん…!」


 その言葉を聞いた彼女は限界だったようで、俺のシャツにしがみつき、顔をうずめて思い切り泣いた。

 今日、皇さんは二度泣いた。

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