第7話 肯定

 白いカーテン、白いベッド、漂う薬品の香りからここがただの教室ではないことを示している。

 あれから三島先生に連れてこられたのは保健室。ちなみに俺はどこも悪くない。そう、ベリーベリーゲンキー。


 「失礼しまーす」


 俺の後ろをついて三島先生も保健室に入る。健康な生徒が健康な先生と一緒に保健室に入る、字面だけ見るとかなり危険だ、今すぐ消毒しないと。

 俺があたりをきょろきょろしだすと三島先生がスタスタと先に歩いて行ってしまう。向かった先は来客用のテーブル席。そこには養護教諭と思わしき人物ともう一人。件の少女、皇楓が対面して座っていた。


 「あら、きたわね」


 妖艶に笑ってこちらに視線を向ける。大人の魅力があふれる女性だ。というか、保健の先生ってこういうイメージだけど本当にこういう感じなの?大人っぽい人しか保健の先生になれないとか制約あるの?


 「すまんな秋。こいつがいつまでもうじうじしてるから」


 「いや、僕は悪くなくないすか?」


 「はじめまして、日比谷秋ひびやあきって言います。よろしくね」

 「あ、どうも、佐倉旭です」


 ほんと、三島先生も大人ならこの人くらい落ち着いてよ。


 「えと、あの…」


 会話に参加することが出来ずにいる皇さんが「誰やこいつ」みたいな目でこちらをちらちら見てくる。


 なんか小動物っぽいな。


 「あぁごめんなさい。この子は佐倉旭くん。あなたと同じクラスの人よ」


 「あ、ども」


 「ぇぅ…」


 oh…明らかな拒否反応。泣けるぜ。


 「じゃ、後は若い者同士で」


 「は?!」


 こいつ何言ってやがる。ほら見ろ、皇さんも「まじ?」みたいな目してるぞ。


 「皇。大人の我々が理解してやれなくても同級生のやつなら理解してくれるかもしれない。一人で抱え込むよりも道連れにできるやつがいれば幾分か楽だろう」


 そう言葉を残し保健室の出口に向かう二人。おい、この人『道連れ』って言ったよ。ってじゃなくて!


 「ちょっと!」


 俺の静止の呼びかけを無視し二人とも保健室から出て行ってしまった。

 今保健室にいるのは俺と皇さん二人。今日はたまたまなのか、具合の悪い生徒もいないようだ。


 「えっと…皇さん」


 「は、はぃ」


 「その…クラスに来ない理由を聞いても?」


 単刀直入に、速やかに。相手は警戒心マックス状態のチワワだ。あれこれ回り道して聞いても無駄だろう。


 「……」


 「……」


 ……だめか。そりゃそうだろう。先生たちがすでに問いかけてるんだ。今更俺が聞いたところで結果は同じだろう。

 なにか話題になるようなものはないかとあたりを見回すと皇さんの目の前に数学の教科書とノートが広げられていた。そうだ。


 「皇さんって勉強は得意なほう?」


 「?…まぁ…」


 「それならさ」


 数学の教科書を借りてあるページを開く。今日やっていたところだ。


 「この辺説明できる?俺今日遅刻してこの辺まったく聞いてないんだよね」


 「え…あの…いぃけど…」


 煮え切らない返答。これもダメかと思い次の一手を探ろうとすると皇さんが奇妙なことを言ってきた。


 「あの…気味悪い…っておも…わないの…?」


 「誰が?」


 「佐倉…さんが…」


 「誰を?」


 「……わたし…を…」


 「なんでさ?」


 「え…?」


 なんで、そう聞くと皇さんが目を見開いてこちらを見上げた…のか?髪で顔が隠れてわからん。


 「だ、だって!」


 「おう?!」


 びっくりした。変な声出ちまったわ。


 「こんな見た目だし」


 「人それぞれじゃない?」


 「それに…わたしが一緒だとみんな不幸になっちゃう…」


 「…は?」


 やはり過去に何かあったのだろう。自己評価が低すぎる。いったい何が彼女をこんな風にさせている?


 「やっぱり、何があったか話してくれないかな」


 できる限り優しい声音でそういう。


 「俺は君を気味悪がらないし、怒りもバカにもしない」


 「…っ」


 「だめかな?」


 俺の手札のカードはもう、ほとんどない。だからあとは彼女が話してくれるのを待つしかない。

 ジッと彼女からの返答を待つ。


 「その…」


 絞りだしたようなか細い声が聞こえてきた。


 「あまり…いい話じゃ…ないよ…?」


 「知ってる」


 「聞くと…!もっとわたしを嫌いになるかもしれない!」


 「本当に君が悪いことをしているなら怒るよ」


 「ぇぅ…」


 そりゃ悪いことをしているんだ。怒らなきゃいけないだろう。でもな。


 「でも…」


 「…?」


 「嫌いになることはないと思うよ」


 「?!」


 「こんなにも自分が悪いって、罪悪感を感じてる子がさ。本当に悪い子だとは思わない。」


 綺麗事だ。話も聞いていないのに『きみは悪くない』と断言した。妄言だ。

 彼女はおそらく今まで数多くの汚い言葉を浴びせられてきたのだろう。話を聞かなくてもなんとなく予想はできる。

 だったら彼女にかけてあげるのは綺麗事だろうが妄言だろうと。


 「うっ…ひっく…」


 『肯定』の言葉をかけてあげるべきだろう。

 白いカーテン、白いベッドのある保健室。そこには少女のすすり泣く声が響いた。

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