第19話 束縛
…夜と朝の境目。
ステラが眠る部屋へ、物音を立てずに侵入する。
私の手には青いベルト。首輪。
ゆっくりとベッドへ近付き、布団に包まるステラの顔を確認する。
よく眠っている。静かな寝息を立てているこどものような寝顔。包帯は外してある。失った耳や目の傷は、なんだか久しぶりに見た気がする。
瞳や声、尻尾などを見なければ、ステラはどう見ても純血の子供だ。
どう見ても、『あの子』と同じ姿だ。
だから最初、願った。この子が、昔ここを去っていったあの子であることを。
だから必死に助けた。生き返らせようとした。生き返らせてしまった。
助けている間に、この子が魔物であると知っても、希望を捨てなかった。魔物になっていてもなお、あの子であると願った。
そうだとしても辻褄が合うから。
けれども目を覚ましたこの子は、私のことなどまったく知らず、そして自身が何者なのかも、全て失っていた。
それで諦めようとも思った。定期的に延命剤を渡すこと以外は、野良の魔物らしく自由に生かしてあげようと思った。
だが、諦められなかった。
どこからどう見ても、昔のあの子の姿をしたこの魔物を初めて手放したとき、また失ってしまうかのようで恐ろしかった。
だから、病院で再会できたときは心底喜び、同時に強い執着をした。柔らかい言葉で言い包め、この屋敷を『貴方の帰る場所』などと言った。
結果、今この子はこうして、この家で眠っている。それでとても安心している。
でも。
猫と魔物は気まぐれだ。
何かの拍子にまた去ってしまうかもしれない。
昨日のように。
昔のように。
またこの家から居なくなってしまうかもしれない。
そんなのはもう嫌だ。あの子を…あの子とよく似たこの子と、また別れるなんて嫌。
だから。
首輪を持つ手に力を込める。
その青い首輪は、仲良くしている花売りから貰ったものだ。『彼女』もまた魔法の花を育てている、確かな『魔女』だった。
魔女の彼女は、魔法の花以外にも、魔力を込めた道具を扱っている…この首輪もそうだ。
寝息を立てるステラの肩に触れる。
一瞬、ざわ、とステラの髪が逆立ち、うーと低く呻く。起きてしまっては成し遂げられない。一度手を離し、様子を伺う。
…しばらく待つが、起きる様子はない。
魔物の気配察知能力は純血よりも敏感だが、先刻の魔物退治や、二度目の風呂の騒動、それから初めての温かい寝床に安堵しているステラは深く眠り、だいぶ鈍くなっている。
今なら可能だ。
ステラの身体を抱え上げ、素早く首輪を巻きつける。
カチリと固定し、それから小さく、魔女から教わった言葉を呟くと…首輪は淡く青く光り、だがすぐに消えた。
ステラをゆっくりとベッドに下ろし、布団をかけ直す。うう、と呻くが、やはり起きる様子はない。
…やってしまった。
だがこれでいいんだ。
首輪の魔法。まじないを唱えた者から、それを装着した者を逃さない魔法。呪い。遠くに離れれば、首が締まり、術者の元へ引き返すしかない。
苦しむ姿は見たくないが、これでこの子は、もう私の元を離れないだろう。
苦しませないように、離れさせないようにするんだ。
静かに、大きく息を吐く。
何度も失うくらいなら、こうする方が安心できる…そうやって、自分のことしか考えない自分が少し嫌になる。
あの時もそうだった。
私は何も変わっていない。
痛む胸を押さえ、ステラの部屋を出る間際、自然と私の口からは、ごめんなさい、という言葉がこぼれていた。
ごめんなさい。
貴方の自由を奪って、ごめんなさい。
胸の痛みはだんだんと強くなる。
息苦しさが襲う。
びき、と肌が裂ける音が聞こえた。
薬の改良に夢中で忘れていた。
私もあの薬を飲まなければならないんだ。
…雨は止み、外は薄紫に明るくなっていく。
Cat & Garden. 四季ラチア @831_kuwan
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