過去から現在

薄暗くていつまでも続くトンネル。歩いても歩いても明かりが見えてこない。


全速力で走っても薄暗いまま。このままずっとこのトンネルから抜けれないの?誰か…助けて!




パッと目を開けると、公園の遊具のトンネルの中にいた。心臓がバクバクしている。

(え、なんでこんなところにいるんだろう。…さっきまであのベッドでねてたはずなのに。そっか…かこにもどれたんだ!)


自分の手を見ると、小さな子供の手だった。

何回かグーパーと両手を動かしてみる。

その柔らかい小さな手のひらをしばらく見つめた。




この公園は、優の実家の目の前にあり、よく遊びに来ていた。


一番古い記憶は、この公園で母と一緒にシャボン玉をして遊んだこと。風に揺れて飛んでいくシャボン玉を追いかけて、手でパチンとするのが好きだった。


公園のトンネルから出た優は、家へと向かった。




玄関のドアノブをガチャッと引くと、鍵が開いていた。そーっと靴を脱ぎ、一番近くの居間に行くが誰もいない。時計を見ると4時45分を指していた。

(88ぷんごだから…6じ13ふんまでにかえればいいんだ。きをつけないとな。)

この時間なら、きっと母は台所にいる。

台所に行くと後ろ姿の母が台所で夕飯の準備をしていた。優の姿に母が気付く。


「優おかえりー。先に洗面所で手洗いしてうがいしてきてね。」

「はーい。」


近くにあった踏み台を洗面所前に置き、よじ登る。鏡に映ったのはまぎれもなく5歳の自分だ。

(よのなかにはふしぎなことってあるんだな。

こんなこと、ほかのひとにいってもきっとしんじないよなぁ。)


手洗いうがいを済ませ、家の中を‘’探検‘’してみることにした。


まずは自分の部屋を見てみようと思い、階段を上がる。一段一段が高く感じる。だけど身体が軽くて、登りきっても疲れない。

(このからだのかるさになれたら、もどったらどうなるんだろう。すこしうごくだけですごいつかれちゃうかも。)


部屋に着いた優はぐるりと見渡し、窓から外を覗く。近くに見えるのは、すぐ隣の家の窓。

眺めていると、部屋にはお姉さんがいる。

お姉さんと目が合い、優はバッと小さくなって隠れた。


そーっともう一度窓を見ると、お姉さんが手を振っている。優もつられて振り返す。

お姉さんが手で人差し指を下に向けてジェスチャーしながら何か話している。


「したにきて」と言ってるようだ。

優は階段をゆっくり降りて、母に見つからないように玄関から外に出た。


お姉さんが外で立っている。

優はかけ足でお姉さんに近づく。


「こんにちは。隣に住んでるアヤメです。はじめまして、だよね。さっきは手を振ってくれてありがとう。名前教えてくれるかな?」


「うん。わたしのなまえはユウです。おねえさんここにすんでるんだね。なにしてたの?」


「そう、ここに住んでるよ。いまから夕飯の準備するんだ。少しだけうちに来てジュース飲んでいく?美味しいオレンジジュース貰ったの。」


知らない人にはついていかない事!

と、何度も親に言われていたが、隣のお姉さんは既に知ってる人だ。

よく人形遊びしてくれたあのお姉さん。


少しだけ遊んで帰ればいっか。

優は何の疑いもせず、アヤメの後をついて行った。




部屋にはかわいらしい雑貨が飾られていて、きれいに整理されていた。

(あ〜懐かしい。よくここで遊んでたなぁ。)


少し待ってると、アヤメがジュースを持ってきてくれた。

「これからご飯でしょ?この事はお母さん達には内緒だよ。」


優はアヤメとの再会が嬉しかった。

過去の優はずっとここに居たいと思っていた。

その事を思い出し、自然に涙が出てくる。

それに気づいたアヤメは、

「どうしたの?大丈夫?」

と心配そうだ。


「だいじょうぶ。うれしくてなみだでちゃったの。」

心からの優の本音だった。

「そっか。お姉さんも嬉しいよ。またいつでも遊びに来てね。今度は美味しいお菓子準備しておくね。一緒に遊ぼうね。」

コクリと大きくうなずき、アヤメに手を振って自分の家に向かう。




涙の跡がばれないようにゴシゴシと袖でぬぐい、そーっと家に入る。

母は台所で準備をしていた。居間の時計を見ると5時。残り時間はあと73分。

そろそろ父が帰ってくる時間だ。父の仕事は朝が早く帰りが早い。


バーン!


強く玄関を開ける音がした。

びっくりして玄関に行くと、父がフラフラと立っていた。一目見て酔っているのが分かる。

(おさけのんできたんだ。いやなよかんがする。)


「おーい!帰ったぞー!」

台所から母が駆け足で来た。

「あなた、飲んできたの?仕事はどうしたの?」

「うるせーなー辞めた!早く酒の準備しろ!」

「ちょっとどういう事なの?仕事辞めたって。こんなに酔ってフラフラだし。」

「うるせー!早く酒出せ!」


叫びながら、父が大きい手のひらで母の頬を思いっきり叩き、母が壁にぶつかって倒れた。


一瞬の事にびっくりする母と優。

母は父にぶたれたのは初めてだったのだろう。

泣き出してしまう。

(ちちがさけにおぼれるようになったのは、さいしょのしごとをやめてからだ。それで、りょうしんのなかがわるくなっていえがグチャグチャになったんだ。)


優の父は仕事をコロコロ変えて働いていた。

最初の会社をクビになり、そこからうまくいかなくなったようだ。

(ちちがかわらないとずっとおなじことをくりかえしてしまう。5さいのわたしにはなにができるの。)


子供に戻った優に出来る事は限られている。

力ではもちろん勝てない。しかもあと1時間くらいで現在に戻らないといけない。

(かこにもどってもじぶんにはけっきょくなにもできない。おびえるしかできない。わたしなんのためにもどってきたの!)


裸足のまま外に飛び出し公園に向かう。外は薄暗く、公園には誰もいない。

もどかしくて悔しくて、何もできない自分に腹がたった。




エンエン泣いていると、アヤメがそれに気付き近づいてきた。


「ユウちゃん、何があったの?大丈夫?」

「…」

「暗くて危ないから、おうちに戻ろうよ。」

優は首を横に振る。

「少しうちで休もうか?お母さんには電話しておくから。」

「…うん。」

手をつなぎ、アヤメの家に入る。




泣きすぎて少し疲れた優は眠くなってきた。

(だめだ。ここでねたらげんざいにもどれなくなっちゃう。)


時計は5時20分を指している。

奥の部屋で、アヤメが電話をしている声が聞こえる。

(アヤメさんがいてくれてよかった。アヤメさんのこどもにうまれたかった。)


これまでも、叶いもしない事を何度も何度も想像し、何も変わらない現実を過ごしてきた。


幼い頃の自分に戻り、久しぶりに両親のあの姿を目の当たりにした。優の心は折れかかっていた。

(もうもどりたくない。わたしのそんざいなんてもうなくなってもいい…)






トンネルの中を歩くと、目の前には眩しい光が見える。早く光に辿り着かなきゃ…




「…ちゃん、優ちゃん。起きて!」


何だかとっても長い夢を見ていた気がする。

パッと目を開けると、目の前にはアヤメさんがいた。


「アヤメさん、すみません…私寝ちゃったみたい。」

「え?アヤメさんって、急にどうしたのよ。早く起きないと会社遅刻するよ!」

(ん?会社?私さっきまで過去に戻ってたはずなんだけど…)


バッと飛び起きて近くの鏡を見ると、体が大人に戻っていた。


見慣れない部屋を見渡す。

どうやらここは優の部屋のようだ。


優は急いで階段を降り、居間にいくとテーブルには食事が準備してあった。

(ここってアヤメさんの家だよね。もしかして、未来が変わってアヤメさんの子供になったって事?うそ、こんな事ってあり得るの?!)


優は壁に飾ってある写真を見つけた。

七五三、小学校から高校の入学式…それぞれに私、アヤメさん、知らない男性が写っている。


(アヤメさんが母、この男性が父。嬉しそうな私の笑顔…)


この現実に優は少しも動揺しなかった。

優が何度も何度も願ってきたことだったから。


写真を見て、自分の未来が変わったことを確信した優は、生まれ変わった気持ちだった。




優はパジャマ姿のままサンダルで外に飛び出し、過去の自分の家に向かう。


そこにあったのは、雑草が生き生きと生い茂る空き地だった。






優はしばらくその空き地を眺め、勢いよく背を向ける。家へ戻る足取りは心なしか軽く、優は満面の笑みを浮かべ玄関のドアを開ける。




もう決して振り返らない。

この幸せは絶対に手放さない。

優はそう強く決意する。

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過去にさよなら 雨上がりの空 @ccandyy

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