第2話 ─6─
「もう一つ聞いておきたいんだが」
なにかつまむものでも持ってきますね、とキッチンにたったメルが、クッキーのようなものを持って戻ってきてから、清太郎は切り出した。
「借金は金貨1000万枚、って言ってたよな?」
「そう……ですね」
マイアに気を使っているのか、若干答えづらそうにメルが言う。
当のマイアは、まるで気にせずクッキーをほおばっている。
「その金貨ってのは、どのくらいの価値があるんだ?ええと……例えば、金貨1枚だとどんなものが買える?」
「ええと……安い、小さなパンなら1つ金貨2枚か3枚くらいです。街道沿いの宿場町でちゃんとした食事をすると、金貨10枚から15枚くらい、ですかね。だいたい、金貨100枚もあれば三日は暮らせる感じです」
「なるほどね……」
思ったよりもメルの説明が具体的でありがたい。
聞きながら、清太郎は頭の中でざっと計算する。
ちゃんとした食事……1000円くらいの定食ってところだろうか。なら、金貨1枚で100円程度か。
需要や供給量の差でだいぶ変わるだろうが、ざっくりと理解できればそれでいいだろう。
となると金貨1000万枚は……
「って、借金はものすごい額だったんじゃないか!」
思わず大声を出してしまった。
清太郎は、うーんとうなりながら頭を抱える。たしかに、あの大きな神殿を担保にするくらいだから、妥当な金額なのだろう。
しかし……。
「たしか、女神グッズを作るのに借りたって言ってたよな?……その女神グッズってのは、まだ残ってるのか?」
マイアが黙って、倉庫の隅を指さした。
ちょうど両手で抱えられるくらいの大きさの木箱が乱雑に、無数に積み上げられている。
「……まさか、これ全部?」
言いながら、清太郎は木箱に近寄る。箱の表面には「女神マイアさまグッズ一式」と日本語で書かれている。
そっとフタを外してみると、中には丁寧に梱包された、マイアを描いたイラスト入りタオルがぎっしりと詰まっていた。
他の箱を開けてみると、そっちには同じイラストのアクリルキーホルダーとクリアファイルだった。
「ポスターとか抱き枕カバーもあるって言ってたな……」
ため息をつきながら、箱をそっと閉じる清太郎。
秋葉原のアニメグッズショップに並んでいそうなラインナップ。箱の数は、ざっと見ただけでも1000個以上。つぎ込んだ額を考えるだけでもめまいがする。
これだけの量を売りさばけるとしたら、大ヒットしたアニメか大人気アイドルくらいだろう。
「てか……どこでどうやって作ったんだこんなもの……」
「それは……その……」
言い難そうに、マイアは少し顔を伏せる。
「その……どうにか信者を増やす方法がないかと思って、異世界を歩いている時に……こういう商品がたくさん売っている店が並んでいる街を見つけて」
「って本当に秋葉原行ってたのかよ」
「そこの親切な店員に、こういうグッズを作ってくれる店や頼み方なんかを聞いて」
「俺のいた世界で作ってたのかよ……」
「わたしのイラストを描いてくれたのも、その店員なのだ。なかなか絵がうまいだろう?」
どうりで、グッズのラインナップが偏っているはずだ。
(とはいえ……着眼点自体は、そこまで悪くはないな)
最近の若い人たち、というのが女神ランキングに大きく影響しているというのなら、この手のグッズで若い層にアピールするというのは、そう悪い戦略ではない。
「ちなみに、販売計画はどうなっていたんだ?」
「はんばい……けいかく?」
「んー……簡単に言うと、どのくらい売れるかの予想と、どういう人たちが欲しがりそうなのか、そしてその人たちに届けるための宣伝方法と、売る方法だ」
「……え?」
「え?」
きょとん、とマイアが首をかしげる。
(うん、そっか。そうだよな)
ああ、なんでもない、と言いながら清太郎は頭を抱えた。
そういうことがわかっていれば、こんな無茶な量を作らない。そこに信じられない資金をつぎ込んで破産したりしない。
問題は……神殿を担保にした莫大な借金全額をそこにつぎ込んでしまった、という点だ。
マイアも切羽詰まっていたのだろうし、いろいろと手探りだったのはわかる。しかし、あまりにもやり方が大雑把すぎる。
(でもまあ……これで、どうして資金難におちいったのかはわかった)
現状に危機感を抱き、顧客──信者が減っていくだけの状況を打破すべく、一発逆転を狙って、結果大失敗。
……シンプルに言えば、そういうことになる。
顔を上げると、無邪気な顔でこちらを見ているマイアと目があう。
(原因がわかっているのなら、対策すればいいだけだ)
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