第2話 ─5─

「まずは現状分析からだな」


 朝食をすませたあと。

 食器の後片付けをメルと一緒にすませてから、清太郎はマイアに切りだした。

 テーブルの上には、メルが用意してくれたコーヒーのような飲み物が置かれている。


「現状……分析?」

「事業計画を立てるためには、まず現状の分析が必要だ。そのためには……」


 そこまで言ってから、少し考える清太郎。

 分析の前に、こっちの世界について、知らないことが多すぎる。


(まずは……基本的な情報から確認していくか……)


 ふう、と息を吐いて飲み物を口にする。味はほとんど、というかまんまコーヒーだ。さっきのお茶といい、飲み物の文化は似たようなものなんだろうか。


「女神って、この世界でどういう扱いされているんだ?」

「世界を創造したのが我ら12柱の女神だ」


 なぜか得意げに語り始めるマイア。


「わたしが光と秩序の女神でアルキュオネは四女の大地の地母神。この世界の人々はみな女神の恩恵をうけ生まれ暮らしている」

「じゃあ、みんなありがたがられて大事にされているってことか?」

「……う、うむ、基本的にはそうだな」


 なぜか言葉を濁すマイア。


「基本的には、ってのは?」

「ええと……」


 言い難そうに口をもごもごさせるマイア。それを見かねたのか、メルが口をはさんできた。


「人によって一番大事なものが違うように、一番大事にされる女神さまも人によって違うのです。例えば海にでる漁師たちは海と風の女神である三女タユゲーテさまを大事になさいますし、商人たちは十一女である商売と幸運の女神ファイオさまのお守りを持ち歩きます」

「なるほどね……」


 信仰と生活が直結している、ということか。

 確かに、自分の暮らしに関わってくる女神は大事にされるだろう。そう考えてみると、マイアの光と秩序というのは漠然としている。というか、広すぎてピンポイントで支持する層はあまり多くないのかもしれない。


「ただそうした人々は昔気質の人が多いというか……最近の人、とくに若い人たちは……女神チューブで女神さまたちが動画を配信するようになってからは、女神さまの見た目や雰囲気などで推し女神を決める人が多いみたいで……」

「推し女神」

「最初は、女神さまが悩みにお答えくださったり、人々とのふれあいをされたり、という動画が多かったのですが……九女の音楽の女神コローニスさまのように歌や踊りをみせたり、八女の酒の女神パイシュレーさまの夜中にご飯を食べる『飯テロ』動画が人気だったり、いろいろと動画の内容も変わってきたんです」

「女神チューバーってやつか……」


 あれか、同じ料理動画でも胸元が見える服を着てるだけでなぜか閲覧数が爆発的に増えるやつか。

 ……うん、若い人たちがそれを見て推し女神を変えるのはわかる気がする。とてもよくわかる気がする。


 考えるふりをして、ちらっとマイアに目をやる。

 ゆったりしている服を着ているせいもあるのだろうが、あまり起伏のある体型をしているようには見えない。

 お色気で人目を引くには肉体的なインパクトが弱い、気がする。


(なんてことを言ったら、マイアは怒り出しそうだな)


 ふと清太郎と目があって、マイアは不思議そうな顔をする。

 清太郎はそっと目線を外して、コーヒーを飲んだ。


「ちなみに、その女神チューブってのは?」

「えっと……世界のどこにいても女神さまのお姿を見ることができるように、と女神さまたちがお作りになった、と聞いています」

「世界のどこにいても?」

「はい。手のひらより少し大きいくらいの、女神さまの力が込められた鏡があって、それで動画を見ることができるんです」

「スマホじゃん」

「人通りの多い場所にはそれの大きなサイズのものが立てられていて、そこへ行けば誰でも女神チューブを見ることができます」

「デジタルサイネージとかタブレットじゃん」

「ほかにも、女神チューブにはメッセージを書きこむこともできて、書き込まれたメッセージは女神さまだけでなく誰でも見ることができます。鏡から直接お布施もできて、メッセージと一緒にお布施すると名前を読み上げてくれる女神さまもいらっしゃいますよ」

「スパチャじゃん。投げ銭システムじゃん」


 建物や風景は中世ファンタジーっぽい雰囲気なのに、なんで一部だけ見たことがあるようなシステムがあるんだよ……。

 ツッコみを入れつつ、清太郎は混乱していた。


「……ようするに、特に思い入れがある人以外は、女神チューブで気に入った女神の信者になる、ってことなのか……」

「ふん、まったく嘆かわしい風潮だ」


 不満げに、マイアが腕を組んで言う。


「女神は昔から人々の心の支えとなり悪事や誘惑から人々を守る存在だったのに、今ではいかに人目を引く動画で信者を集めるか、ということばかり。女神としての使命や存在意義はどこへいってしまったのだ」


 それをお前が言うのか……と内心で思いながらも、清太郎は黙っている。


「いつからか、女神の信者たちがその人数で競うようになり、女神たちもそれにつられて人が集まることを重視するようになった。動画の内容よりもいかに信者を増やしたか、だけで無駄に争うようになってしまった」


 少し寂しそうに、マイアがつぶやく。

 信者が増えれば、当然お布施も増える。お布施があればよりお金をかけてイベントをしたり動画を作ることができる。ごく当たり前の競争原理だ。


(さて……こいつをどうひっくり返すか……)


 あごに手をやりながら、清太郎は机の上のコーヒーを眺めていた。



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