第2話 ─4─

 マイアは黙ったまま、清太郎を見ている。清太郎も無言のまま、マイアの反応を待つ。

 周囲でうろうろしていたメルが、倒れたイスをそっと起こした。

 マイアは静かに、イスに座りなおした。


「そんな……簡単に言うが」


 ぼそっと、マイアが言う。


「口だけならなんとでも言えるだろう。取り戻すなんて……神殿をどうやって取り戻すというのだ?お金さえあれば、というわけにもいかないだろう。アルキュオネがそう簡単に返してくれるとは思えん」

「そうだな……たしかアルキュオネは、自分の神殿が手狭になったから、と言っていたな」


 昨日の会話を思い出しながら、清太郎は言った。


「大きなステージを作るためのお金、と言っていたな。借金が返ってこなくてもおまえの神殿が手に入ったわけだから、アルキュオネとしては文句はない結果だろう」


 うっ、と悔しそうにマイアがうめく。気にせず、清太郎は続ける。


「ということは、ただ単にお金を積み上げても神殿を買い戻すのは難しいだろうな。より大きなステージと引き換えか、あるいは大きな神殿を持て余すくらい信者が減るか」

「それは……そうかも知れないが……」

「一番効率がいいのは、アルキュオネの信者をマイアに乗り換えさせる、だな。信者を増やせばお布施が増えるし、アルキュオネも自分の信者が減れば、使い道のなくなった大きな神殿を手放して資金に変えるほうがいい、と判断する可能性はでてくる」


 ぽかん、と清太郎を見るマイア。しかしすぐに下を向いて、もごもごとなにかを言いよどむ。

 少しの間を置いて、マイアは小さな声で言った。


「そんなの……できるはずがない……」

「なぜ?」

「なぜって……!」


 顔を上げたマイアが、強い口調で言う。


「い、今までだって……信者を増やそうと色々やった!毎年のお祭りだってちゃんとまじめにやってきたし、女神チューブだって一生懸命動画アップしたし……!けど、お祭りはだんだん人が来なくなって、女神チューブも誰も見なくなって……古臭くって地味だって、笑われて……」


 言いながらだんだん声が小さくなっていき、最後にはうつむいてしまう。


「なるほど。んじゃ、まずはそこの分析からだな」

「……?」


 なにを言いだすのか、という顔でマイアが清太郎を見る。


「お祭り……ってのはよくはわからないが、要するに人を集めてなにかするイベント、ってことでいいのか?とすると、なぜ人が来なくなったのか。イベントの集客力が低下した理由を、内的要因と外的要因に分けて考えるべきだな。動画に関しても同じだ。笑われる、評価されていないということは動画のクオリティ以外にも、動画を見る層の需要とかみ合っていないか、お前の動画のターゲット層に届いていない可能性がある」

「え……え?」


 再び、ぽかーんとした顔になるマイア。

 おそらく、なにを言われているのか理解できていないのだろう。無理もない。


「おっと。仕事の話をするときは、これを出しておかないとな」


 言いながら、清太郎は内ポケットから手慣れた仕草で名刺を取り出し、テーブルの上に置いた。


「忘れてるのかもしれないが、俺は『経営コンサルタント』なんだ。コンサルタントってのは『軍師』みたいなものだ。経営戦略を立て実現可能な計画プランを練り、クライアントを成功に導く仕事だ」

「コン……サルタント……?」


 あっけにとられたような顔で、マイアがつぶやく。清太郎はうなずいて、話を続ける。


「そこで、提案だ」

「提案……?」

「お前をランキングトップにしてやる。まずは現状の問題点を分析し改善する。そして資金を集め信者を増やすための『事業計画』を作る。お前が神殿を取り戻すことができれば俺は元の世界へ帰れるんだろう?」

「それは……そうだが……」

「このまま毎日嘆いて暮らすよりはよっぽど、お互いにメリットがある提案だと思うけどな。どうだ?」

「どう、とは……」


 戸惑うまま、マイアはつぶやくように言う。


「俺はあくまで提案をするだけだ。事業の主体はお前だからな。お前がその気にならなければ、俺一人ではどうしようもない。あとはお前が、提案に乗るかどうか、だ」


 カップを持ち上げながら、清太郎は言った。

 そのまま一口飲もうとして、すでにお茶が空になっていたことに気づく。メルが慌てて、おかわりお持ちします!とキッチンへ走って行った。

 マイアは、じっと考えるように、清太郎の顔を見つめた。


「……ランキングトップなんて、本当にそんなことできるのか?」

「さあ?」

「さあ、って……!」


 メルが持ってきてくれた代わりのカップを受け取りながら、清太郎は答えた。

 ありがとう、と言う清太郎に、メルは恐縮しながら頭を下げる。


「そ、そんな、できるかどうかもわからないのに……そんな提案……」

「絶対にできる、うまくいく……なんてのは詐欺師の言葉なんだよ」


 マイアのセリフをさえぎるように、清太郎は言った。


「うまくいくかどうかってのは、結果を見てみなきゃわからない。大事なのは、うまくいくかどうかよりも目標に向かってなにをしてきたか、なんだ」

「…………」

「結果だけ見れば失敗だったとしても、それまでに積み上げてきたものがあればまた次の一歩を進むことができる。……なにもかもおしまいになるのは、あきらめたときだけだ」


 再び、考え込むようにマイアは黙った。

 それを見てから、清太郎は続けた。


「最初に、会社でお前の話を聞いたとき──お前は、涙まみれで土下座までした。けど……お前の目は、まだあきらめていなかった」

「…………」

「今はどうだ?完全にあきらめて白旗あげちまったか?もしそうなら俺は元の世界へ帰るために別の手段を探さなくちゃならない。そうなるとなんのツテもない異世界じゃ、正直途方に暮れちまうけどな」

「…………ない」


 ボソッ、とマイアがつぶやく。


「あきらめるなんて、できない!」


 再び、ガタッと音を立てて椅子が倒れる。

 立ち上がったマイアは、強い瞳で清太郎をまっすぐに見つめてくる。


「ふざけるな!こんなところで終わってたまるか!神殿取られたまま、バカにされたままで、こんなボロ倉庫でひっそりと生きるのは嫌だ!」


 ふっ、と笑いながら、清太郎はマイアを見返す。

 あのときと、同じ目。

 会社のミーティングスペースで、土下座しながら見上げてきたあの目だ。


「マイアさま……」


 メルが心配そうにマイアに声をかける。マイアは自分で椅子を起こしながら、メルに声をかける。


「ありがとう、メル。だが、わたしもおまえの世話になるばかりではいられない。──これでも世界を創造した女神の長女だからな」

「……マイアさま!」


 声を震わせて、メルが言う。

 ほっとして、清太郎はゆっくり息を吐いた。


「……なら、話は決まりだな」


 すっと立ち上がる清太郎。右手をマイアに差しだす。

 マイアは清太郎の顔を見ながらうなずいて、右手を握り返した。


「契約成立だ。……よろしく頼むぜ、女神さま」

「こちらこそ、もう一度頼む。わたしに、力を貸して欲しい」



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