第2話 ─3─

「いい加減、そろそろ目を覚ましてくれねぇか?このポンコツ女神」


 突然の清太郎の言葉に、メルが驚いて動きを止めた。ぽかーんと開いたマイアの口から飲みかけのスープがだらだらとこぼれた。


「それともこのまま駄犬女神から負け犬女神に転がり落ちるか?あ、最下位だから落ちるもなにもないか」


 さすがにムッとした顔になるマイア。

 メルは、どうしていいかわからずに、オロオロとスプーンを持ったまま清太郎とマイアの顔を見比べている。


「……まだいたことをすっかり忘れていたぞ」

「誰かさんのせいで帰れなくなったんでね」


 清太郎をにらみつけるマイア。挑発するように、清太郎は腕組みしてのけぞってみせる。

 文句でも言おうとしたのか、マイアは口を開きかけた。が、一度口を閉じたあと、落ち着いた口調で話し始めた。


「……おまえには悪いことをしたと思っている。結果的に、元の世界へ返すという約束を果たせなくなってしまったのだからな」

「……へえ?」


 意外に素直な謝罪に、清太郎は軽く驚いた。

 このワガママ女神からそんな言葉が出て来るとは思っていなかった。


「おまえがほかの土地へ行きたいというのなら、好きにしてくれて構わない。餞別代りの路銀も、少しなら渡せる。せめてもの償いというか、わたしがおまえにしてやれることはそのくらいしかないからな」

「償い、ねえ」


 マイアの言葉に軽く笑って見せる清太郎。マイアはまたもムッとした顔をしたが、それでも冷静に続けた。


「……わたしだって、できる事ならおまえを帰してやりたい。だが昨日も言ったとおり、異世界から人や物を持ち込むことは禁忌なのだ。罪を犯したわたしだけならともかく、おまえも処分──この世界から消されることになる。……だから、元の世界へ帰るのはあきらめてくれ」

「やだね」


 そっけなく返す清太郎に、さすがにマイアも怒りで顔が赤くなる。

 やれやれ、と肩をすくめて、清太郎は口を開いた。


「元の世界へは帰れない、あきらめてくれ?……あきらめてどうすんだ?つつましく静かに、平穏な人生を送りましょうってか?女神の威厳だの長女の誇りだの、いろいろ言ってたのにあっさりあきらめるんだな」


 キッ、とマイアがにらみつける。

 それを鼻で笑い、さらに清太郎は続けた。


「わざわざ禁忌を犯して異世界までやってきて、見ず知らずの相手に土下座までしておいて、借金返せなくて神殿取られたら、そこで全部おしまい、みたいになってんじゃねーっつの」

「そんなこと言ったって……!」


 ガタッと椅子を蹴倒して、マイアが立ち上がる。


「こんな状況で、あきらめるしかないじゃん!自分の神殿すら取り上げられた、情けない女神って、本物のオワコン女神って笑われて……あとは誰にも見つからないようにひっそりと生きていくしかないじゃん!」

「へー。お前はそれでいいわけ?」

「いいわけあるかっ!!!」


 ほとんど泣き声まじりで叫ぶマイア。

 叫びながら、また目からうるうると涙があふれ始める。


「神殿も姉としての威厳も、なにもかも失って……残っているのはこのオンボロな倉庫だけ……。信者もいない、誰からも見捨てられて……もう女神の威信も尊厳も、なにもかも失くして……もうどうしようも……!」

「失くしたんなら、取り返せばいいんじゃね?」


 さらっと言う清太郎に、マイアは言葉を詰まらせる。


「そんな、簡単に言うが……」

「なにもかも失くした?違うだろ。確かに資金もなにもない。女神として敬ってくれる信者もいない。けど、選択肢は残ってる」

「せん……たくし?」


 驚いたように、マイアはまばたきをした。あふれた涙がこぼれ落ちる。

 清太郎は小さくうなずいた。


「『あきらめる』以外にもう1つ。『取り返す』って選択肢が残ってる」

「…………」


 マイアが、じっと清太郎の目を見つめる。

 跡は残っていたが、とりあえず涙は止まったらしい。それを見て、清太郎はふっと息を吐いた。


「けど……こんな状況でどうやって……」


 つぶやくように、マイアが言う。


「それこそ奇跡でも起こさない限り、神殿を取り戻すなんて……」

「『奇跡』なんかいらねえよ。『計画プラン』を練るのさ」


 まるで軽口のように言う清太郎に、マイアはあっけにとられた表情で固まった。



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