第2話 ─2─
しばらくして。
マイアはひとしきり泣きじゃくった後、メルになだめられながらようやくテーブルについた。
メルは手際よく朝食の支度をすませる。
「倉庫に残していた食材ばかりで、大したおもてなしもできなくてすみません」
「いや……ありがたいよ。っていうか、こっちの世界でもパンとか目玉焼きあるんだな」
テーブルの上にはサラダのような料理やスープまで並んでいる。普段コンビニのサンドイッチやおにぎりですませていた清太郎にしてみれば、十分すぎるほど豪華な朝食だった。
「それなら、よかったです。おかわりもありますよ!」
ニコニコと笑いながら、メルが言った。
──メルの前に置かれたサラダやスープは、清太郎たちのよりずいぶん量が少なく見える。ちらっとキッチンに目をやると、スープを作っていた小さななべが見える。そのわきには野菜の入った木箱がいくつか積まれている。
(のんきにおかわり、と言えるほどの備蓄はなさそうだな……)
そう思いながら、清太郎はスープをすすってみた。薄味だが、よく煮こまれた野菜がいい味になっている。
「ああっマイアさま、スプーンはちゃんと持たないとこぼれますよー。今エプロンもってきますね」
「うぅ……ありがとぉメル……」
メルはだらだらとテーブルにこぼれたスープをささっとふき取り、タオルでマイアの口元をぬぐう。
もはや赤ん坊同然である。
(まるで魂の抜け殻だな)
気力もなにもない、精気の抜けた表情。
これから先も、このボロ小屋でメルに世話してもらいながらずっと過ごしていくのだろうか。この女神は。
清太郎はため息をつく。
(元の世界じゃ、勝ち組エリートだったのに……)
このままこの女神に付き合って、この異世界で人生を終えるつもりはない。
なにも持たないまま異世界に連れてこられ、文字どおり着の身着のままで放り出されたあげく、帰れなくなった。だいたい全部がこの女神のせいだが、怒ったところでどうにかなるわけじゃない。
こんな状況だが、諦めたり「オワッター!」自虐的にと笑ったりするのは、好きじゃない。
──どうにかして帰る方法を見つけてやる。
(帰る方法、か……)
今のところわかっている唯一の手段は、マイアと出会ったあの神殿から、女神の力とやらで異世界に行くことができる、というもの。
ということは、どうにかしてマイアとあの神殿に入り込めれば、帰ることができるはずだ。
問題は…………異世界から持ち込んだヒトや物は、禁忌に触れるとかで消滅させられる、という話。
今やアルキュオネの所有となってしまった神殿にマイアとともに入ろうとすれば、当然目的を聞かれるだろう。聞かれなかったとしても、異世界へ行こうとする瞬間を見つかれば止められるかもしれない。
(見つからないように忍び込むか……)
建物の構造はわかっているだろうから、不可能ではないだろう。しかし、神殿の大広間は隠れる場所などほとんどない、開けた部屋になっている。首尾よく自分だけ帰ることができたとして、そのあとマイアが無事に神殿を脱出できるとはかぎらない。
そうなれば、この方法をマイアが同意するとはとても思えない。
そもそも、不法侵入は失敗したときはすべてがおしまいになる。リスクがあまりにも大きすぎる作戦だ。
清太郎は、またため息をついた。
となると──。
(どうにかして合法的に、あの神殿をマイアの手に取り返すのは?)
借金で取られたのなら、お金を積めば買い戻せるのではないか?
借金は、金貨1000万枚と言っていた。
この世界でそれがどのくらいの価値なのか。引き換えになったのが女神の神殿と、その周辺の丘だから決して少ない額ではないはずだ。
少なくとも、あくせく働いて稼いだところで貯められる額ではないと思った方がいいだろう。
(だとすれば……現時点で一番可能性がある方法は、マイアだ)
アルキュオネが1000万枚用意できたのも、女神として信者からのお布施があったからだ。……なら、同じ女神であるマイアにも同じことができるはずだ。
女神チューブとやらで信者を集め、お布施を貰うのが主な収入源という話は、以前に聞いた。
現時点ではマイアは信者ランキング最下位だが、これをひっくり返せれば。
(どうにかしてアルキュオネのように信者を増やせれば、買い戻すだけの資金をためることは不可能じゃないはずだ……!)
ふと目をやると、口を開けているマイアにメルがスープを飲ませている。
えへへ、とだらしなく笑うマイアに、優しく微笑みかけるメル。
「これからもずっと僕がお世話しますからね」
「ありがとぉメル……!」
えへへ、とだらしない顔で笑いかけるマイア。
それを見ながら、清太郎は今日何度目かのため息をつく。
(こんな感じの顔してるやつ……前にも見たことあるな)
いつだったか、古い体質の企業に関わったことがあった。
創業も古く、業界の中堅どころ。しかし業績が悪化し続けていて、これを改善してほしい、という仕事だった。
チームでの参加で、まだ新人だった清太郎は、使い走りではない仕事をさせて貰える、ということで張り切っていたのを覚えている。
いつもどおり、その企業のいろいろなデータを集め、現状を分析し、経営体質の改善提案をいくつかあげた。
しかし、上にあげた提案は、一向に通らなかった。
しかも理由も判然としないまま、もっと別の方法を探すように言われ続けた。
そのときの担当者の顔が、ちょうど今のマイアそっくりの、腑魂の抜けたような表情だった。
気力もなにもない、精気の抜けた表情。
(さすがに涙と鼻水はなかったけどな)
責任を取らされたくない担当者。
今さえよければあとはどうでもいい、定年間近の重役たち。
山積みになっている問題をどうにかするより、自分が定年でやめるまで会社が潰れなければそれでいい。
このままではジリ貧になるのがわかっているのに、なにを言っても変わらない会社。
ただポーズとして、改善を試みた、という言い訳が欲しかっただけの、心底つまらない作業。
すべてを、諦めてしまった顔。
(あのときは……どうしたんだっけ)
最初は、簡単にできる改善からはじめたんだった。
小さな問題を改善することからスタートして、1つ1つ丁寧に問題を解決していく。
時間をかけて「改善する」ことへの抵抗感を減らし、同時に少しづつ会社の体質を変えていった。
非常にめんどくさい、まわりくどい仕事だった。
非効率的にもほどがあるやり方だったが、前に進むためには必要な工程だった。
(そうだ……回りくどくても、無理ゲーでも、やるしかない)
こんなところで、いつまでもダラダラしていてもはじまらない。
このわけもわからない異世界で。頼れる仲間も使えそうな道具もなにもない状況で。
──細々と暮らすなんて、冗談じゃない。
(元の世界に帰らなきゃ。俺は勝ち組エリートなんだ。こんなわけのわからない異世界で終わってたまるか)
どうにかしてマイアの目を覚まさせて、神殿を取り返さなければならない。
(できることからはじめなきゃ……。まずは、動き出そう)
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