第2話 ─1─
ボロボロの壁板の隙間から差し込む光で、清太郎は目を覚ました。
ゆっくりと、体を起こす。
……そして、清太郎は昨日のことを思い出しながら、深々とため息をついた。
(ぜーんぶ夢でした!……だったら、よかったんだけどなあ……)
窓もない、薄暗い部屋の中。木箱の上に毛布を重ねただけの簡素な寝床。ほかにはなにも家具と呼べるものはなく、とりあえずホコリだけは払ってあるというだけの、粗末な造りの部屋。
寝床の横に、シワにならないように広げておいたスーツとスラックス。
気温がそれほど低くなかったおかげで、寒さに凍えずにすんだ。とはいえ、固い寝床のせいで体のあちこちが痛い。
「おはようございます!」
ノックの音と共に、元気のいいメルの声が聞こえる。
扉を開けると、メルがニコニコして立っていた。
「朝食の支度が整いました。顔を洗われるのでしたら、表に水を汲んであります」
清太郎が返事をする前に、メルはささっと立ち去ってしまった。
隣の部屋をノックする音が聞こえる。おそらくマイアを起こしに行ったのだろう。
このままじっとしていても仕方がないので、清太郎は部屋の外へ出た。
部屋の外は、倉庫のメインスペースになっていた場所で、かなり広い空間になっている。
その真ん中にはどこから運び込んだのか木のテーブルが置かれ、サラダのような料理が盛られた皿が3枚並んでいた。
広間の奥まったところにはレンガ造りのかまどや食器棚が置かれ、鍋からはいい匂いが漂っていた。
背後で扉の開く音がした。
ふりむくと、眠そうな顔のマイアが自分が寝ていた小部屋から出てきたところだった。
──しわくちゃなパジャマに寝ぐせだらけでもじゃもじゃの髪の毛。
目をこすりながら、マイアは清太郎に気づいて立ち止まった。
……マイアとは、あれから一切言葉を交わしていない。
とはいえ、会話すらしないというのは大人げないかもしれない。
こんなつまらないところで意地を張るのはみっともない。
「おはよう」
「…………」
声をかけられたマイアは、眠そうな目でちらっと清太郎と見ただけだった。
そもそもこっちは巻き込まれた側なのに、マイアのこの態度はさすがに腹立たしい。
(こいつ……めんどくせぇ……)
イラッとしたものの、ここでまた口喧嘩を再開しても意味がない。
小さくため息をついてから、清太郎は親指でテーブルのほうを指さした。
「メルが朝食の支度をしてくれてるぞ」
ちょうど、メルが外に通じる扉から入ってきた。手に桶を持っているのは、顔を洗うように水を汲んできてくれたのだろうか。
──そう思ったのもつかの間、マイアが突然走り出した。
「………?」
ぶつかりそうになるのを慌ててよける。
清太郎など目にも入らないといった感じで、マイアはそのままメルにかけより、いきなり抱き着いた。
「メルゥゥゥ~~~っ!」
「わ、なんですかマイアさま?どうしたんですか?」
「メル……!お、おまえは……まだわたしを見捨てないでくれるのか……!?」
こぼさないように桶を横に置きながら、メルが優しく声をかける。
「見捨てるなんて、そんなことするわけないじゃないですか。ぼくはずっとマイアさまのおそばにいますよ」
「みんなからバカにされて、オワコンって笑われて、神殿も取り上げられて……こんな情けない女神でもか?」
「情けなくなんてないです!マイアさまはいつだって立派な、女神さまたちの長女なんですから」
「メルゥ~~~っ!」
声を上げて泣き始めるマイア。それを抱えるように、やさしく抱きしめるメル。
20歳くらいの見た目の女性が小学生くらいの少年に泣きついて、しかも優しく慰められている光景は、みっともないことこの上ない。
(少なくとも女神の威厳がどうの言ってたのと同じ人物には見えねぇ……)
清太郎は二人の茶番にも思えるやりとりを、離れたところから呆れたように眺めていた。
これじゃどっちが神さまかわからない。
そっとその場を離れ、テーブルへ。メルが用意してくれていたカップを手に取る。そして、お茶のような飲みものを口にふくんでみる。
(……うん、お茶だな)
元々お茶の銘柄に詳しかったわけではない。こっちの世界のお茶も元の世界のものと大差ないように思える。
清太郎は、知っている味に近いことにホッとしながら、泣きじゃくる女神とそれをなだめる少年をぼんやりと眺める。
「大丈夫ですよマイアさま。ここの裏には、小さいですが畑もあります。細々と暮らしていくくらいならできます。マイアさまは、これからもぼくがお守りしますから!」
「メル…………!」
メルの服に顔をうずめるマイア。涙と鼻水がべっちょりとついてしまっている。
つられたのか、メルまで涙目になっている。
(俺、なにやってんだろ……)
見ちゃいられない。
こういう湿っぽい場面は、好きじゃない。
ため息をつきながら、お茶をもう一口。
(これから、どうしよう……)
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