第1話 ─10─

 売り言葉に買い言葉。

 ついムキになって言い返してしまったが、これくらいは言う権利があるはずだ。


(こっちはお前の無茶ぶりに付き合ってやったんだぞ)


 マイアは拳を握り締めて清太郎をにらんでいたが、急にうつむいて黙った。

 てっきり怒鳴りかえして来るか、と思って身構えていた清太郎は、拍子抜けしてしまった。


「わ……わたしだって……」


 そう言うマイアの目から、なにか光るものがぽとっと落ちた。

 ドキッとしてマイアの顔を見る。


「わたしだって……がんばったのに……みんなから地味だって……オワコンだって笑われないように……どうにかしようってがんばったのに……!」


 マイアの両目に、みるみる涙があふれてくる。


「わたし女神だから、ずっとみんなのこと助けてきたのに……辛くてしんどくて、困ってるのに……誰も助けてくれないじゃん!失敗して落ちぶれた、ってバカにして笑うだけじゃん!」


 棒立ちのマイアから、大粒の涙がこぼれる。

 清太郎は、なにも言えずにただそれを見ていた。


「だからほかの世界から助けてくれる人を探して連れてきたのに……なんで力を貸してくれないの……」


 マイアはふたたびその場にしゃがみこみ、とうとう声を上げて泣き始めてしまった。

 どうしようもなく、清太郎もただ立ち尽くす。


(ったく……めんどくせえ……)


 マイアの泣き声を聞きながら、清太郎はため息をついた。

 泣かれてしまっては言い返すこともできない。ただひたすらに後味が悪い。

 ……そして、時間の無駄だ。


「……とにかく」


 泣き止まないマイアに、清太郎は少しだけ優しいトーンで話しかけた。


「とにかく、これ以上、俺がここでできる事はもうなにもないよ」


 少しだけ、ほんの少しだけだが、気の毒には思う。

 ……かといって、自分がマイアにしてやれることは、ない。


(短い……異世界体験だった)


 貴重な体験ではあった。

 普通では味わえない異世界体験。こんな形で終わるとは思わなかったが。


「力になれなかったのは残念だが、これからの健闘を祈っておくよ。俺はもう用済みなんだろ?さっさと元の世界へ返してくれ」


 できれば、自分の能力を試してみたかった。思いっきり自由に、思うままにふるまってみたかった。

 ──異世界にも、そうそうサクセスストーリーは転がっていないらしい。


 さらば女神。さらば異世界。


「……せん」

「……ん?」


 マイアの声が小さすぎて聞き取れず、清太郎は聞き返した。


「残念でしたー!もう帰れませーん!」


 突然立ち上がったマイアは、ヤケになったように叫んだ。


「異世界に行くにはあの神殿からじゃないとダメなんでーす!ここからだと帰れませーん!」

「…………は?」


 くそっ。

 ほんの少しだけ気の毒に思ったことすら、後悔する。


「だからそういう大事なことをどうして後になってから言い出すんだよ!そういうとこだよそういうとこ!」


 清太郎は呆れた。

 頭を抱えてしゃがみ込まなかった自分をほめてやりたい。


「……だったら早いとこ、さっきの神殿に戻って中に入れてもらって……」

「ブッブー!それもダメでーす!」

「はあ?」


 くちびるを突き出して両手でバツを作るマイア。


(こいつ……本気でぶん殴りてぇ……)


 思わずつかみかかりたくなるのを必死にこらえる。……今殴りかかったところでどうにもならない。

 拳を震わせながら、かろうじて深呼吸して怒りを抑える。


「異世界から人を連れて来るのは禁忌だって言ったでしょ?」

「いやそれお前ら女神たちの話じゃ……」

「違いまーす!異世界から持ち込んだ物や生物はその場で消滅させられまーす!女神の固いかたーい掟でーす!」

「…………は?」

「なので『元の異世界へ返してあげたいので神殿に入れてください』なんて言えませーん!残念でしたーっ!」

「てめ……話が違うだろ!いつでも元の世界に帰れるんじゃなかったのかよ!」

「だって……神殿取られるって思ってなかったし!……取られなかったらちゃんと帰せたし!」

「最初にそれ説明しろつってんだろクソ女神!」


 拳を怒りで震わせながら、清太郎は歯ぎしりする。

 聞いてないにもほどがある。こんなリスクがあるなら最初から異世界なんて来なかった。

 ──いや。そもそもこいつの話を聞こう、なんて思ってしまった時点で、失敗だったのか。


 言いたいだけ言い終えて、再び泣き始めるマイア。

 それを見ながら、清太郎は天を仰いだ。


「くっそ……どうしてこうなった……!」



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