第1話 ─9─
日が暮れかかっていた。
肌寒い風が草木を揺らしている。半分崩れかかった感じのボロい木造倉庫の前に、清太郎はマイア、メルと立ち尽くしてた。
「ごめんねメルちゃん、人手が必要だったら言ってね」
アルキュオネはそう言いながら、あとからどっと入ってきた信者たちにてきぱきと指示を出していった。
ほとんど空っぽだった神殿の広間に次々と荷物が運び込まれていく。
「あっ、大丈夫ですアルキュオネさま。家具はほとんど残っていないので……」
「そう?手間が省けて助かるわ~。丘のふもとの倉庫はそのままにしておくから、運ぶものがあったら言ってね」
「あ、ありがとうございます。あとは身の回りの品物くらいなので、手で持っていけます」
のんびりとした雰囲気で話すメルとアルキュオネ。
唖然として固まっていたマイアは、やがてぷるぷると震えはじめた。
「や……やめろ!ここはわたしの神殿だぞ!」
アルキュオネがムッとした顔で、マイアに言う。
「マイ姉に貸したお金は、わたしが信者さんたちと集めたお金なの。信者さんが増えてうちの神殿だけじゃ手狭になって来たから、どこかに大きなステージ作ろうって思って貯めてたお金だったの」
「う、うるさい!ランキング1位だからって、信者が多いからってわたしを見下すな!」
叫ぶマイアに、アルキュオネは呆れたような目を向ける。
「マイ姉は信者がいないんだから、こんな大きな神殿持っていても誰も来ないでしょ」
「な、なんだと!」
なおもわめくマイア。
しかし、その声に足を止める者は誰もいない。
清太郎も、やることもなくそれをただぼんやりと見ているだけだった。
「やめろ!誰か!誰かとめてくれ!」
「マイアさま……」
なおも叫び続けるマイアに、メルがなだめるように声をかける。
「もう、行きましょう。邪魔になってしまうので……」
「わたしの!わたしの神殿なのにーーっ!」
絶叫と共に、マイアは泣き崩れた。
石造りの荘厳な神殿を出て、石畳で立派に舗装された道を下っていく。
丘のふもとをぐるっと回りこむように細い街道が続いていて、ちょうど神殿の裏側あたりに、古い木造の倉庫が建っていた。
アルキュオネの信者たちが引く荷車に、うずくまって動かなくなってしまったマイアを乗せてもらい、清太郎とメルは倉庫の前で降りた。
メルの話によると、生活に必要な道具や食料品などは、だいたいこの倉庫に貯蔵してあるのだという。
荷車から降ろされて、うずくまったままのマイアを気にしながら、少し掃除してきます、と言って倉庫の中に入っていった。
あとには、清太郎とマイアだけが残された。
どうしたものか。
膝を抱えた姿勢のままぴくりとも動かないマイアを、清太郎は憐れみを込めた目で見ていた。
──同情できる点も、なくはない。
ギリギリまで追いつめられた者の発想なんて、いつでも似たようなものだ。
堅実で時間のかかる方法よりも、危険だが一発逆転できる方法を選び、そして失敗する。
(巻き込まれる側としては、たまったもんじゃないけどな)
ここまで成り行きで着いてきてしまったが、正直これ以上関わる気にはなれない。右も左もわからない異世界で、このどん底から逆転するのはいくらなんでも無理だろう。
可哀そうだが、自分にできる事はもうない。
「……の……いだ……」
ぼそっと、マイアがしゃべった。
「おまえのせいだ!!」
「……は?」
突然立ち上がり、マイアが叫んだ。
清太郎は呆気に取られて口をポカーンとあけた。
「商売とか『けいえい』とか、悩みはご相談くださいってネットに書いてあったからコンサルタントを必死で探したのに!困ったときは力になりますって書いてあったのに!全然違うではないか!」
「…………」
ネットで情報を探してたのかこの女神は……。
それにしても探し方があまりにも雑というか、ズレている。商売の相談ではなく借金返済の相談先として、弁護士を探すべきだったんじゃないか。
……まあ、異世界の女神にそんな相談を持ち込まれても困るだろうが。
「禁忌を犯して危ない橋まで渡って……散々探し回って土下座までして連れてきたというのに、借金を返すどころかなんの役にも立たなかったではないか!この役たたず!」
「…………あ?」
聞き捨てならない単語に、清太郎はおもわずカッとなってマイアを強くにらみつけた。
マイアもひるまずに清太郎をにらみ返す。
──前言撤回。
同情できるなんて思ったのが間違いだった。
「この……クソ女神が……!」
「な……っ?!なんだと!」
吐き捨てるように言う清太郎に、マイアはさらにヒートアップする。
「そもそもここまでの状況になったのはおまえ自身の責任だろ。それを棚に上げて、他人の能力に頼ったあげく逆ギレしてんじゃねえよ」
「な……き、きさま……!」
怒りのあまりか、マイアの体がプルプルと震えだす。
「だいたい、禁忌だの借金だの聞いてない話が多すぎるんだよ。こっちからすれば詐欺にあったようなもんだ」
「~~~~~~!」
声にならない声を上げて、マイアがうめいた。
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