第1話 ─8─

 なにを言っているのだこの女神さまは。

 とまどったまま、どう反応していいのかわからずに固まってしまう。

 しばらくじっと清太郎を待っていたマイアは、やがてイライラと歩み寄ってきた。


「おいおいおいおい」


 軽く清太郎の胸を小突きながら、マイアが言う。


「ここでボケはいらんだろ?今の流れはこう、格好よくドッギャーン!とスキルを披露するところではないか!空気を読んでくれ頼むぞ」

「いやいやいや」


 慌てて手を振る清太郎。


「え?なんですかそれ?スキル?披露って?」

「だーかーらー!」


 床をダン!ダン!と踏み鳴らしながら、マイアが言う。


「持っていると言っただろう!『けいえいせんりゃく』のスキル!今!それを使う時ではないか!」

「…………はい?」


 なにを言っているのだこのバカ女神さまは。

 まさかとは思ったが……念のため、清太郎は尋ねた。


「あの……もしかして、借金をどうにかしよう、とお考えですか?」

「そうだ!話を聞いていればわかるだろう!」

「それで……借金をどうにかするために『けいせいせんりゃく』のスキルを使って欲しい、と」

「そのとおりだ!さあ、早く!」


 イライラと腕を組んで立つマイアをまっすぐ見ながら、清太郎は呆れたような顔で、深くため息をついた。


「そうですね。では現在手持ちの不動産……建物や土地を確認させてください。ほかに現金化できそうな物品、貴金属、美術品などはありますか?」

「そ、そんなものはない!」


 半分悲鳴に近い声で、マイアが叫ぶ。


「あるのはこの第1神殿と、神殿のある丘だけだ!それを渡すわけにはいかないから頼んでいるのだ!」

「でしたら……あまりお勧めできませんが他に借金を申し込める相手を探し、当面の資金を確保するのはどうでしょう。借金にあたってかなり厳しい条件になることは予想できますが」

「そ、そんな相手などどこにも……」

「一つではなく複数の相手に借金を申し込む、という方法もあります。……いずれにしても、貸してくれる相手がいれば、の話ですが──」

「そ、そういうことではない!!」


 清太郎の話をさえぎるように、マイアが大きな声を出す。

 はーっ、はーっ、と荒い息のマイアを、清太郎は冷めた目で見ていた。


「そういうことではない!今すぐ!借金を!どうにかしてくれと言っているのだ!」

「ははっ、なに言ってるんですか。そんな魔法みたいなことできるわけないじゃないですか」

「できないって……『けいえいせんりゃく』のスキルは……」

「『経営戦略』というのは、企業の問題点を探し出したり、より効率的に業務を行うために経営体質の改善を図るためのものです。収支の状況を改善するための提案をすることはできると思いますが、借金を今すぐ帳消しに──なんて、都合のいい能力じゃあないんですよ」

「そ、そんな……」


 がっくりとひざをつくマイア。

 いやむしろがっくりしたいのはこっちだよ、と清太郎は思っていた。


 この女神……あまりにもバカすぎる。

 「けいせいせんりゃく」と「借金をどうにかしてくれる、便利なスキル」くらいに考えていたんだろうか。

 異世界の女神という点に目をつぶったとしても、なにができるのか、どんなスキルなのか、くらいは調べるもんじゃないのか?

 というか、そういう話を始める前にいきなり連れてこられて、相手が突然取り立てに来たからさあどうにかしてくれ、って無茶ぶりもいいところだ。


 行き当たりばったり、その場しのぎ。


 なにより納得できないのは、禁忌のことも、借金のことも話さなかったことだ。

 最初から教えてくれていれば、もう少しやり方があったかもしれない。……というか、最初から受ける気になっていなかったかもしれない。

 清太郎からしてみれば、だまし討ちにあったようなものだ。


「そんな……それじゃあ、どうすればいいのだ?」

「どうすれば、とは?」

「借金!アルキュオネ!返せないとこの神殿を明け渡すという約束になっているのだ!」

「うーん……」


 清太郎は腕を組み、あごに手をやって考える。


「明け渡せばいいんじゃないですかね、神殿」

「ふ……ふざけるなーーーっ!」


 声にならない悲鳴を上げるマイア。みっともないくらいに取り乱し、掴みかかる勢いで清太郎の両肩をガシッと抑える。


「借金どうにかしてくれるのではないのか?!困るんだけど?!今日!今!どうにかしてくれないと……!」

「そう言われましても」

「~~~~~~っ!!!!」


 思わず天を仰ぐマイア。


「そんな……それでは、わたしはなんのためにコンサルタントを連れてきたというのだ……!」

「いやむしろコンサルタントをなんだと思っていたんですか……」


 呆れた声で返す清太郎。呆然としたまま、真っ白に固まるマイア。


「……マイ姉」


 しばらく様子を見ていたアルキュオネが、呆れたように声をかけた。


「もう、いいかな?引っ越しの準備、はじめちゃうね」



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