第2話 ─7─

 さっきメルが持ってきてくれたクッキーに手を伸ばそうとして、それも空になっている。

 もしゃもしゃとマイアが口を動かしているのをジト目で見ながらコーヒーを飲もうとして、そっちも空になっていることに気づく。


「あ、今お代わりもってきますね」


 メルがさっと立ち上がって、キッチンへ向かう。


「メル、紅茶も持ってきてくれ」

「はい、すぐに!」


 キッチンの棚をごそごそしているメルを見ながら、清太郎はなにげなく言った。


「こっちの世界にも、お茶とコーヒーがあるんだな」

「いや、あれは異世界……おまえの世界から持ち帰ったものだ」

「……へ?」


 驚いて、マイアに顔を向ける。

 そのときちょうど戻って来たメルが手に持っているものを見て、清太郎は絶句した。


「…………ペットボトル?」


 ファンタジーっぽい衣装のメルが持つにはおよそ似つかわしくない、とても見慣れた1.5?のお茶とコーヒーのペットボトル。さらによく知っているパッケージのクッキーも。


(どうりで……知っているような味のお茶だと……)


 考えてみれば、異世界に行ってグッズまで作って持ち込むような女神だ。これくらい買い込んであってもおかしくはないだろう。


(禁忌の扱いが軽すぎる……)


 両手でカップを持って、落ち着いた雰囲気で紅茶を飲むマイア。

 ペットボトルのフタを丁寧に閉めたあと、また大事そうにキッチンに戻すメルを見ながら、清太郎はふと浮かんできた疑問を口にした。


「そういえば……このペットボトル、どうやって買ったんだ?」

「どう、って……普通に『こんびに』というお店で買ったものだが」

「いや、そうじゃなく……お金はどうやって手に入れたんだ?」

「え……っと、それ、は……」


 なぜか言いよどむマイア。目を斜め上に泳がせている。


「こっちの世界の銀細工や貴金属や宝石なんかをこう……持ち込んで、ネットで手渡しで買い取ってくれる人を探して……」

「なるほどね……」


 回りくどい手だが……確かにそれなら、異世界の人間でも現金を手に入れられるな。

 よくそういう手を思いつくな、と感心する。


「それにしても金貨1000万枚分を換金したのならかなりの額になったんじゃないのか?」

「ま、まあ、な……」


 答えるマイアの歯切れが悪い。

 訝しむように、清太郎はマイアを見る。

 こいつは借金のことも禁忌のことも黙っていたという前科がある。

 それに、さっきからなにか都合が悪かったり後ろめたかったりするとすぐに口ごもる。

 ……ふつうに、怪しい。


「ところで、俺の世界から持ち込んだのってマイアグッズの他は、このペットボトルだけなのか?」

「…………」


 あからさまにビクッとするマイア。

 思いっきりジト目で見ながら、清太郎はさらに踏み込んだことを、口にする。


「お前の部屋の中、見てもいい?」

「…………は?」



 大騒ぎするマイアをどうにか押しのけ、マイアが昨日引きこもった小部屋に押し入る。

 荷物はメルが運び込んだ、と言っていたが、すでに部屋の中には荷物が置かれ──いや、散乱していた。


「いや、すげぇな」

「仮にも神聖なる女神の寝室に立ち入るとは……!」

「神聖ねえ……」


 ノートパソコン、大きめのパソコン用モニター、それに接続されているゲーム機が数台。ソーラー式の充電器にはスマホが3つ、充電中。ほかにもアニメやアイドルのDVDやマンガが大量。

 その光景にため息をつきながら、清太郎は言った。


 借金の額が金貨1000万枚。金貨が1枚100円換算として、ざっくり10億円。

これを貴金属や宝石に変えて清太郎の世界へ持ち込み、フリマで日本円と交換。物価も違うだろうし、換金率がどのくらいかもわからないが、仮に1%だったとしても1000万円。

 そして、マイアが自作グッズを作れる業者を探すとしたら、個人相手にグッズ制作を請け負っているところだろう。だとすれば、あれだけの種類と数を作ったとしても1000万は高すぎる。

 残金がどのくらいかはわからないが、いくらかは残っているはずなのだ。


(シラを切っていればわからなかったかも知れないのに……)


 この女神は、本当にウソがへただ。換金額を聞いた時も、持ち込んだものを聞いた時も、とても分かりやすく動揺した。

 と、いうことは……こっちの世界に持ち込んだものを隠し持っている、って言っているようなものだ。


(案の定、というか……)


 足の踏み場に困っている清太郎の後ろから、半泣きのマイアがしがみついて部屋から出そうとひっぱる。

 それを振りほどきながら、スマホを1つ手に取る。


「あっ、コラ!ちょっ、触るな!」


 慌ててマイアがスマホを奪おうとするが、清太郎がさっとよける。

 騒ぐマイアを無視してスマホを触る。パスワードもなしに、スマホの画面が表示された。

 いくつか見覚えのあるアイコン。清太郎も知っている、人気ゲームのアプリだ。


「あー、これスゲーな。SSRほとんどそろってるじゃん」

「あっ!あqせfjこlp;@」


 ゲームの所有キャラ一覧には、期間限定のガチャでしか手に入らない、虹色に縁どられたキャラのカードが大量に並んでいる。ネットにつながっていないからステータスまでは見られないが、もしレベル最大まで育てているとしたら相当な額を課金しなければここまでの数は揃えられないはずだ。


「お前……いったいどれだけ金をつぎ込んだんだ……?」


 他にもゲーム系のアプリのアイコンがいくつもあるのを見て、清太郎は呆れたように言う。

 マイアは横を向いて、口をもごもごさせている。


「マイアさま、SSRというものを手に入れてらしたんですか?」


 横で話を聞いていたメルが、目を輝かせる。


「あ、いや……」

「すごいじゃないですか!SSRを手に入れれば勝てるって、ずっとがんばってらっしゃったのが、報われたのですね!」

「や……その……」

「お前……メルにそんな説明してたのか……」

「ううっ……」


 清太郎は、思いっきりジト目でマイアを見る。

 マイアは頭を抱えて、その場でうずくまってしまう。


(ダメすぎる……この女神は……!)


 行動力はある。あるが、それがことごとく裏目に出ている。

 こいつと組んでほんとうに大丈夫なのだろうか。

 頭を抱えたくなるのを押さえながら、清太郎はまたため息をついた。



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