第1話 ─6─

 広間の左右にある小さな扉。

 その1つが半開きになっていて、そこから少年がおそるおそると言った感じで顔を出している。


「おお、メル!ちょうどよいところに」

「マイアさま!いったいどこに行ってらしたんですか!心配したんですよ!」


 マイアが声をかけると、メルと呼ばれた少年は小走りにかけよってきた。

 見た目は12~13歳ほどだろうか。動きやすそうな袖の短い上着は、やはりどこか異世界風だ。


「あの……こちらの方は……」

「安心しろメル。強力な助っ人をつれてきたのだ!」

「……助っ人?」


 メルは怪訝そうに清太郎を見る。

 ……まあ、突然見慣れない格好の知らない男がいるんだからそうなるよな、と清太郎は思った。

 そんなことは気にも留めず、マイアは得意げな顔で言った。


「そう、コンサルタントだ!」

「え……?」


 訝しむように清太郎を見るメル。

 職業じゃなくて名前を言ってくれよ、と思いながら清太郎は名刺を取り出した。


「経営コンサルタントの、和泉清太郎と申します」

「は、はあ……」


 メルは不思議そうに名刺を受け取り、しげしげと眺める。


「こっちはメルクリウス。わたしの付き人だ。この神殿で雑用や家事などをしている」

「メルとお呼びください」


 マイアに紹介され、今度はペコリ、と丁寧にお辞儀する。

 とくになにかしたわけでもないのにドヤ顔をしているマイアに対して、こっちはずいぶんしっかりしている印象だ。


「それで……その『コンサルタント』というのは……?」

「おどろけメル!なんと『けいえいせんりゃく』のスキルを持っているのだ!」

「え……?」


 混乱したまま、メルは名刺と清太郎の顔を交互に見ている。

 説明ヘタすぎかこの女神、と思いながら、清太郎は咳ばらいを一つしてから言った。


「マイアさまから、現在資金繰りが厳しいというお話をうかがっております。グッズ販売が思うようにいかず、信者も増やせないため収入──お布施も不足している、と」

「は、はあ……」

「経営再建──つまり、収支バランスの改善のためのプランを提案させていただきます。それが『コンサルタント』の仕事です」


 メルの頭の上に疑問符ばかりが増えていくように見える。

 言い回しがちょっと難しかったか、と清太郎は反省した。


「あの……」


 名刺を見ながら、メルが口を開く。


「ここに書かれているのは文字、ですよね?これはいったい……」


 しまった、そこからか。

 考えてみれば、異世界に名刺を渡すような文化がなくても不思議ではない。

 しかも、なぜか言葉は通じるのに文字は読めていないようだ。

 ……もうちょっとわかりやすい説明をする必要があるだろうな。

 そう思って清太郎が口を開きかけた瞬間、メルがなにかに気が付いたようにバッ!とマイアのほうを振り向いた。


「マイアさま?もしかしてこの人、異世界から連れてきたんですか?!」


 ビックリして一瞬固まるマイア。すぐさま、慌てて手を振って否定する。


「ななななにを言っているのだメル!いや落ち着け、落ち着いて話を……」

「めちゃくちゃ危ないじゃないですか!!」


 食い気味にメルが叫ぶ。

 わけがわからず、清太郎はぽかん、と立ち尽くした。


「わかってるんですか?異世界から人や物を持ち込むのは禁忌じゃないですか!秩序の女神であるマイアさまが禁忌をやぶるなんて、もしバレたら……」

「だ、大丈夫だ!」

「大丈夫って……どこがですか!」

「事がすんだらすぐに帰ってもらうから!そうしたら誰にもわかんないから!バレなきゃ大丈夫だから!」


 困ったような顔でマイアにつめよるメルと、なだめるように手をパタパタさせているマイア。

 ──話はさっぱり見えないが、不穏な単語だけは聞き逃さなかった。


「あの……禁忌、というのは……?」


 恐る恐るメルに尋ねる。ため息をつきながら、メルは答えた。


「女神さまがその力を使って、よその世界に行くことは禁忌とされてるんです。もちろん、よその世界からなにかを持ち込んだり、人を連れてきたりすることも」

「なにそれ聞いてない」

「もしそれをやると……神格をはく奪されるレベルだとか……」

「なにそれ聞いてない」


 マイアのほうを見ると、気まずそうに顔をそらす。

 ……嫌な予感しかしない。

 じーっ、と見続けると、マイアはしぶしぶといった感じに話しはじめる。


「し、しかたがなかったのだ……女神がお金に困っているなど、人々に知られるわけにはいかないからな。それに、こっちの世界にオタグッズの売り方をわかるものなどいないし……」


 もじもじとうつむくマイアを見ながら、清太郎はため息をつく。

 とんだ見栄っ張りじゃないかこのクライアントは。威張り散らす奴よりはマシだが、めんどくさいことに変わりはない。


「と、とにかく!バレるとマズいから、異世界から来たということは絶対に内緒でたのむ!」

「…………まあ、仕事に支障が出なければいいのですが」


 両手を合わせて頭を下げるマイアに、あきらめ気味に返事をする。

 スタートから、不安要素満載である。

 この世界における禁忌というものがどういう意味を持つのかはわからないが、ルール破り……言いかえるなら違法行為をするような相手がまともなクライアントだったことは少ない。

 禁忌やぶりがこれだけならいいが、もし経営手段そのものがルールに違反するようなことをしているなら……かなりヤバい。


(っていうか……秩序の女神じゃなかったのかよ……)


 異世界に乗り込んできたばかりだが、いつでも撤収できるようにしておくほうがいいかもしれない。


「念のためうかがいますが……他にルール違反──禁忌に関わるようなことはしていませんよね?」

「それは──」


 マイアが口を開きかけたとき、広間の大扉が大きな音を立てて開いた。

 今度はなんだよ……と少しうんざりしながら、清太郎は振り返る。


「マイ姉ーーーっ!いるーーー?」



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