第1話 ─4─

 涙を乱暴にぬぐったせいか、マイアの目がかすかに赤い。

 目の前にせまるマイアの顔からすこし体を離しつつ、清太郎は考えていた。


 正直に言ってしまえば、うさんくさい。

 自称女神?異世界?

 とてもじゃないが真に受けるには無理がありすぎるワードだらけだ。

 こんな案件を上に持って行ったら、おそらくふざけていると思われるのがオチだろう。

 そもそも自分は勝ち組エリート会社員なのだ。わざわざ得体のしれない相手に付き合うほど、暇じゃない。


(でも……)


「も、もちろん報酬は約束する!」


 黙っている清太郎を見て、断り方を考えているとでも思ったのだろうか。

 慌てたようにマイアは叫んだ。


「まっ……前金は難しいが、その……女神の祝福を授けよう!悪意から身を守り幸運を授ける力がある!も、もちろん商売さえうまくいけば、望むだけの見返りを渡そう!」


 望むだけ、ねえ。

 いちいちいう事が大げさで、必死で、どこか芝居がかっているのに、嘘をついているようには聞こえない。

 そんなマイアを、清太郎は黙ったまま見ていた。


「も、もちろん異世界と言っても、わたしの力でいつでも行き来できる。一度見に来るだけでもいい!帰りたいと言えばいつでも帰してやる!だから……」


(でも、嫌いじゃない)


 話を聞くかぎりじゃ、まともな資金の貯蓄は期待できない。こいつの教団とやらの規模もわからない。

 そもそもこんな怪しい話にクビを突っ込むなんて、まともなコンサルタントなら悩む時間すら惜しいレベルだ。

 それでも、この自称女神を「頭のおかしい奴」で切り捨てる気にはなれなかった。


 こいつは、まだあきらめていない。


 ランキングとやらが最下位でも、オワコンだとバカにされても、必死で頭をひねってはじめたグッズ商売が大失敗しても、あがこうとしている。


(そこが、気に入った)


 会社の言いなりになって、偉そうにふんぞり返って威張り散らすだけの社長どものご機嫌を取りながら仕事するよりも、ずっと面白そうだ。


 異世界?女神?いいじゃないか。


 こんなバカバカしくてまともじゃない仕事の依頼、もう二度とないだろう。

 会社には「飛び込み依頼案件の調査」とでも言っておけばいい。実際に仕事として成立するかはともかく、話を聞きに行くだけなら業務の範疇だ。

 ──そして、もし。


(もし、実際に仕事として成立するなら──)


 こんな怪しげで胡散臭い案件を、俺の力で成功に導く。

 もしそれができたら、それこそ俺の能力を証明できるじゃないか。

 大昔の軍師のような偉業──とまではいかなくとも、難しくてややこしい案件を、自分の手で成し遂げる。


(それはきっと、俺がやりたかったことなんじゃないか)


 ふと気づくと、マイアが真剣な目で清太郎をじっと見つめていた。

 またしても、さっきぬぐったばかりの目がうるんできている。こっちの返答次第ではまた涙があふれてしまうのだろうか。


「わかりました」


 短く、清太郎は答えた。

 えっ、とマイアが驚いて固まる。


「ただし、まずはお話を伺ってからです。仕事として成立するかどうかを、まず確かめさせてください」

「ほ、ほんとうか……!」


 マイアの顔がぱあっと明るくなる。

 表情がころっころ変わるな、と清太郎は思った。


「で、ではさっそく今からわたしの神殿に案内しよう!」

「あ、いや、準備もあるので後日──」


 言い終わるまえに、ものすごい勢いでマイアが駆け寄ってきた。

 そのまま抱き着くような勢いで清太郎の右手を取り、両手で握り締める。


「えっ?あの──」

「では、目を閉じてくれ!」


 マイアが顔を上げてにっこりとほほ笑む。

 なんのつもりだ、と思う間もなく、清太郎は強い光に包まれた。



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