第1話 ─2─

 清潔なホワイトカラーのパーテーションで小さく区切られたミーティングスペース。

 商談のためのスペースにゆるふわスカートという場違いな服装のマイアが、静かに座ってお茶を飲んでいる。

 緩やかなしぐさはとても優雅で、気品すら感じる。

 座っているのがパイプ椅子で、飲んでいるお茶が来客用の紙コップのお茶でなければ、上品なカフェにでもいるように思えたかもしれない。


(どうしてこうなった……)


 テーブルをはさんで座っている清太郎は、死ぬほど後悔していた。

 見た目につられてうっかり好奇心をだしてしまったせいで、案の定やっかいごとに巻き込まれたじゃないか。

 これじゃ街頭で絵だのなんだのを売りつけてくる美人に騙される学生と同レベルだ……。



 あのあと。

 来客も通るし、外からも丸見えのエントランスで、土下座するマイア。

 さすがにそれを放置するわけにもいかず、さらに受付嬢の懇願するような涙目も無視できず。どうにかなだめて立たせ、引っ張るようにミーティングスペースに引っ張り込んだものの。


(マジで……どうしてこうなったんだよ……)


 頭を抱えたくなるのをこらえつつ、清太郎は思考をめぐらせる。

 こんなところで時間を食っていたら昼休憩が終わってしまう。こんなめんどくさそうな相手に関わってしまったばっかりに、とんでもない揉め事に巻き込まれるなんて。

 ……とにかく、適当に話を聞くふりをして帰ってもらうしかない。


(金の話か神さまの話が出てきたら、絶対に断る……)


 清太郎の内心など知らないまま、マイアは少し目を伏せ、落ち着いた声で話し始めた。


「さっきは取り乱してすまなかった」


 こうして静かに話しているぶんには気品もあり知的な女性に見える。

 この雰囲気に、すっかり騙されてしまったのだ。

 まさかここから、女神だの異世界だのといった単語が出てくるなんて、予想できるはずがない。


(……うん、俺は悪くない)


 清太郎が黙っているのを、マイアは不思議そうに見ている。

 ……こほん、と咳をしてから、マイアは話を続けた。


「わたしは光と秩序の女神にして12柱の女神の長女、マイアだ。実は今、わたしはとてつもない危機に見舞われている……」

「……はあ」


 思いっきり気のない返事。

 しかしマイアはそんなことは気にも留めずに話を進める。


「われら12柱の女神たちは、人々に女神の大切さを教え広めるため、いつでもどこでも女神の姿を見ることができるように『女神チューブ』というものを作った」

「女神チューブ」


 どこかで聞いたような単語に思わずツッコみを入れてしまう。


「そして女神の教えを広めるため、それぞれ教団チャンネルを作り、登録者信者を集めるようになった」

教団チャンネル


 またしても妙な単語。

 その反応に、不思議そうな顔でこっちを見るマイア。

 ……あくまで「女神」という立場を貫くつもりか。

 そこにいちいちツッコんでいたら話が進まない。とにかく、気が済むまで話してもらってとっとと帰ってもらおう。

 ため息をついて清太郎は黙った。


「とにかく問題なのは、教団チャンネルの信者の人数、なのだ。というのも……女神は信者からのお布施……こちらの言葉で言う『スパチャ』で支えられている」

「スパチャ」

「ところが……わたしの教団チャンネルの信者が……その、ちっとも増えなくて……」

「はあ……」


 いかに女神を名乗ろうとも、経済的な問題ばかりはどうしようもない。

 信者が増えないということはお布施──『スパチャ』も増やせない、ということか。


(こいつがなにに困っているのかだいたい見えてきたが、さて……)


 とはいえそんな話を持ってこられても自分にはどうすることもできない。あとは適当に「大変ですね」とか「頑張ってください」みたいな感じでお茶を濁しておかえりいただくか……。

 そんな流れを頭の中で組み立てる。


「だが!」


 マイアが突然、強く言った。

 手のコップの中のお茶が揺れる。


「もっと問題なのは!妹たちだ!」

「妹さん……ですか?」


 また追加された新しい単語に、清太郎はため息交じりに返す。

 そういえば「長女」って言ってたっけか。


「我ら姉妹は世界を創造した12柱の女神……人々に恩恵を与え威厳を示し敬われるべき存在。なのに──それぞれの教団チャンネルの信者の数でランキングを作り、お互いに競い合うようになってしまった」

「いやそれ女神って言うか動画配信者じゃないんですか?」

「……?なんの話だ?」


 思わずツッコんでしまった。

 あいかわらずすっとぼけるマイアに、いやもういいです……と諦めた声をかける。


「……とにかく、妹たちはランキングのために、派手で人目を引くような人々に媚びた動画ばかりを女神チューブに投稿するようになってしまった」

「はあ……」

「のみならず!信者を増やすためにトークイベントだの握手会だの、あげく人前で歌やダンス……ライブまでやるように……まったく嘆かわしい!」

「いやだからそれふつうに動画配信者ですよね?なんとかチューバーですよねそれ?」

「……だからなんの話をしている?」


 またしても耐え切れずにツッコんでしまったが、相変わらずマイアはきょとんとするだけだ。

 ここまで女神設定をかたくなに守り続けられるのは尊敬に値するのではないだろうか。

 ……見習いたくはないが。


「わたしは……女神の威信と尊厳を守るため、昔からの言い伝えや民話、女神を称える歌を女神チューブでいつでも見られるようにしている。だが人々からは『古臭い』だの『地味』だの……『オワコン女神』などと笑われ……気づいたらわたしの教団チャンネルから信者がいなくなってしまったのだ……」


 悔しそうにうつむくマイア。

 それを見ながら、まつげ長いな……と余計なところに目が行く。

 その愁いを帯びた表情すらも絵画のように見えてしまうほどの美人を前に、清太郎はただひたすら、どうやって帰ってもらうかを考えていた。



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