第1話 ─1─

 昼の休憩時間にはまだ少し早い時間。

 1階です、という間抜けた音声とともに、エレベーターの扉が開く。


 エントランスへ出た清太郎は、ふと足を止めた。

 受付の前から騒いでいる声が聞こえてくる。


 面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だな……。

 そう思いながらそっと目をやると、受付嬢の前で大きな声を出している女性が見えた。


(すげぇ……美人)


 色素の薄い、はかなげな雰囲気の……あるいは神秘的な雰囲気の、ふわっとしたドレス。少女というには大人びているが、それでいてどこか幼さのある顔立ち。あまり豊富ではない清太郎の語彙力では、とにかく『美人』という印象しかでてこないが、明らかに人目を引く見た目。

 ──モデルかタレントだろうか。

 ゴリゴリにビジネスな雰囲気のエントランスには、あきらかに場違いな絵面だ。


 とにかく、もめ事ならなるべく関わりたくない。

 受付で対応できなければ警備員がやってくるはずだ。自分の出る幕はない──

 とは思ったが、清太郎に気づいた受付嬢の、助けを求めるような視線を無視して通り過ぎるのは、さすがに気が引けた。

 それに──その美人が、どんな要件で騒いでいるのか少しだけ気になった。


(これは、下心じゃあない)


 誰にともなくそう言い聞かせてから、清太郎はその女性に近づいて行った。

 足音に気づいて女性が振り向くと、受付嬢がホッとした顔になるのが見えた。

 怪訝そうな顔の女性に、なるべく優しい笑顔を作りながら清太郎は話しかけた。


「どうかされましたか?」

「……おまえが、わたしのコンサルタントか?」


(……ん?)


 落ち着いた外見から受けるイメージとはあまりにも違う。

 その妙にエラそうな口調に戸惑いながらも、、清太郎はスーツのポケットから名刺を出した。


「……はい、コンサルタントの、和泉清太郎と申します」

「では『けいえいせんりゃく』のスキルは持っているか?」

「スキル……?まあ、持っていると言われれば、持っています。それが本業ですから」

「そうか……!」


 とたんに、彼女の表情がぱあっっと明るくなる。

 そのうれしそうな顔に、清太郎は一瞬見とれてしまった。

 まるで彫刻の女神像のような、整った顔。こんな美人が目の前で、自分に笑顔を向けている。

 彼女は静かに目を閉じ、足を揃え、右手を胸に。

 そしてゆっくりと会釈。


(…………?)


 今度はなにをする気だ、と戸惑う清太郎に、顔を上げた彼女はゆっくりと目を開ける。

 ──まっすぐで、強い瞳。

 そして口を開く。


「わたしは女神マイア。世界を創造した12柱の女神の長女にして、光と秩序の──」

「……どうぞお引き取りください」


 間髪入れずに、清太郎は手で出口を指し示した。

 その反応が想定外だったのか、マイアと名乗った彼女は慌てる。


「宗教の勧誘でしたらお断りいたします」

「ち、ちが……!」


 あやうく、見た目に騙されるところだった。

 宗教やマルチ商法の勧誘に、美女で誘惑するというのは聞いたことがある話だ。男の下心につけこむ、悪質なやり方だ。

 俺はその手にはひっかからない。

 たしかにちょっと見た目は好みって言うかむしろタイプだが、女神を自称する中身の危ない女に関わってたまるか。


 目を合わせようとせず、ただ出口へ誘導するように手を伸ばす清太郎に、マイアは慌てたようににじり寄ってくる。

 そして──突然、土下座した。


「頼む!一緒に異世界に来て、わたしを救ってくれ!」

「……はい?」


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