僕と女神の事業計画

鵜久森ざっぱ

プロローグ

 「軍師」という、職業がある。


 いや、職業というと語弊があるかもしれない。

 現代でいうところの職業ではない。

 その昔、王や将軍のそばにいて、はかりごとをめぐらせ戦略を立て、軍を勝利に導く役目を持った人物のことだ。

 今でいうなら「参謀」と言った方が近いだろうか。

 知恵と才覚だけを頼りに、時には冷静に冷酷に。そして徹底的に合理的で効率的に目的地を目指す。

 自分がトップになったとしても、自分の才覚で成功できるのは自分だけ。でも軍師なら、支えた人間の数だけ勝者を生み出すことができる。

 ──そういう生き方が、一番かっこいい。


 ……そう、思って生きてきたのに。




「どーしてくれるんだっ!!」


 高層ビルのオフィス。スマホから響く、大音量の罵声。

 耳を離してそれを聞いているのは、いかにもビジネスマンといった感じの男。


「あんたのせいで訴えられそうになってるんだぞ、この役立たずが!それでもコンサルタントか!」

「正確には、経営コンサルタントですよー」

「そんなことどっちでもいい!」


 怒鳴り声を意にも介さず軽い口調で言い返す男に、電話の主はさらにヒートアップする。


「話が違うと言っているんだ!俺が頼んだのは『コストダウン』なんだぞっ?!あんたの言う通りにやったのに、どうしてこっちが逆に金を請求されなきゃならないんだっ!」

「だから、いくつかプランを提案しましたよね?……けど、一番リスクが高いのを選んだのは社長さんじゃないですか。──ちゃんと説明したはずですよね?『残業代いじるのが一番コスト減らせるけど訴訟リスクが高い』って」

「ふ、ふざけるな……っ!」


 ドン、と机かなにかを叩く音がする。


「おまえが言うからやったんだろうが!全部おまえのせいだ!おまえの会社を訴えてやるからな!」

「そう言われましてもですねー」


 唐突に通話が切られる。

 やれやれ、と顔を上げると、腕組しながらイライラと靴音を立てている上司と目が合う。


「和泉くん……和泉清太郎くん」

「……はい」


 めんどくせぇ、と思いながら、清太郎は机に乗せた足を下ろして上司に向きなおる。

 なにを言われるかはわかっている。上司もそれを承知のうえで、ため息をつきながら静かに言った。


「話は聞かせてもらった。今回は相手にも落ち度はあるだろうが、その対応はやりすぎだ!だいたい──」

「でもですね」


 上司の言葉をさえぎるように、清太郎は言った。


「あのクライアントがバカなのが悪いんですよ?親の後を継いだボンボンだか知らないですが、肩書は社長なんだからもうちょっとビジネスってもんを勉強してくれないと、こっちも仕事にならないですよ」

「相手に理解してもらうことも仕事のうちだ、と何度言えばわかるんだ?とにかく、このままでは君の人事評価に響くぞ!」

「……へいへい」


 ぶつぶつ言いながら自分の席に戻っていく上司を目で追いながら、清太郎は立ちあがった。


 人事評価、ねえ。


 経営コンサルタント。

 言ってみれば会社にとっての軍師のような存在。培ってきた知識と経験を活かし、経営を成功に導くサポートをする仕事である。

 高額の報酬に見合うだけの能力が求められる、いわば意識高い系な職業。

 大手コンサルタント会社に就職するために、清太郎は一流の大学に入るために、友達も彼女も作らずひたすら必死に勉強して成績をあげてきた。


 人生勝ち組になるために。


 そして、苦労のかいあって大手コンサルタント会社に就職が決まったときは人目もはばからずに思わずガッツポーズをしてしまったくらいだった。

 こんだけ努力してきたんだからもう人生順風満帆、あとはエリートコースを進むだけ──なんて、甘いことを考えていたころが恨めしい。


(だってまわりは社長だの経営の上役ばかり、きっと頭がよくてエリート上級国民で、その人たちに認められれば自分も成功者の仲間入り、コンサルタント最強!……って思うじゃん?)


 実際に仕事で相手にするのは、ワガママで気分屋であんまり頭が良くない社長か、上の顔色をうかがうばかりでちっとも話が進められない、いる意味が解らないような名ばかりプロジェクト担当者ばかり。


(こんな連中相手に仕事してたって、ぜんぜん勝ち組になれないじゃんか)


 会社で働いている以上、相手がどんな無能であってもご機嫌をとらないといけない。クライアントからの信用と実績を積み上げていくことでしか評価はしてもらえない。

 それはわかる。

 でもそんなつまらないことにエネルギーをとられ、無駄な時間をつかい効率も最悪。こんなことをしていてこの移り変わりの激しい世の中で生き残っていけるのだろうか。


 俺はもっと、自分の能力を証明したい。

 そして、評価されたい。

 もっと頭がよくて話が分かって、俺を必要としてくれるクライアントに出会えたら。

 あんなバカで話も聞かない、肩書だけ偉そうな奴じゃなく。


 今は駆け出しでもいい。なんなら没落気味の零細企業でもいい。それこそどん底からトップに駆け上るくらいの大逆転を、俺の手で成し遂げてみたい。

 そういう、歴史に名が残る軍師のような活躍がしたい。


(……なーんてな)


 ちらっと時計を見る。ちょうど、お昼に差し掛かる時間だ。

 今日の午前中の仕事は、ミーティングという名の、バカの相手をする時間だけしかない。

 上司はこっちを見ようともしていないが、イライラしているのは雰囲気だけでわかる。

 次の仕事を始める前にいったん空気をリセットするか。

 そんなことを考えながら、エレベーターに向かう。


(そんな大逆転劇なんか、ありゃしない)


 わかっている。このクソつまらない社会で勝ち組になるためには、クソつまらない仕事をしっかりこなして、信用と実績ってやつを地道に積み上げていかなければならない。

 だから、午後も、明日からも、ずっと同じ。

 そう、思っていた。


 ──あいつに出会うまでは。

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