168.船内の二人

 地下の豪華客船に乗り込み、側面にある朽ちかけの階段を上って甲板かんぱんに出る。

 前回もそうだったが、まだゴースト達は出てこない。

 戦闘態勢を整えるために、ブルースは重装歩兵ファランクスの初期装備である大きめの丸い盾と部分鎧、剣を装備した。


「あ、ブルース、これを腕に付けると良いんだよ、ダヨ」


 そう言うとシアンはブルースの両籠手の内側に、四角いふだを貼り付けた。

 札には太陽を記号化したような絵が描かれているが、よく見ると線は細かい文字で書かれており、呪符になっている様だ。


「これは?」


「太陽の力を少し借りれるんだよ。オレンジーナの浄化程じゃないけど、オバケとかガイコツに効果があるんだよ、ダヨ」


「本当に? 凄いね、ありがとうシアン!」


「えへへ~」


 そう言ってシアンも自分のお腹のあたりに札を貼り付ける。

 準備が整った所で甲板から吹き抜けのダンスホールを慎重に進み、二階へ続く階段を登る。

 ここが前回大量のゴーストに囲まれ、全く役に立たずに撤退した場所だ。


 まだゴーストの姿が見えないが、恐らくゴーストはブルース達を見つけているはずだ。

 そして前回と同じくブルースとシアンが同じ方向に背中を向けると、音もなくゴースト達が姿を現し始めた。


 ゴースト達は二人の背後から音もなく近づき、腕や肩に噛みつこうと大きな口を開く。


「待ってました!」


 振り向きざまに盾を振り回し、背後にいた数匹のゴーストを殴りつけた。

 ゴースト数匹はまるで霧散するように消えてしまい、殴った本人が驚いている。


「え? あ、これがシアンのお札の力?」


「そうなんだよ。上手く書けてて良かったんだな、ダナ」


 どうやら細かい文字を全て手書きで書いたようだ。

 線にしか見えない程の細かい文字をどうやって書いたのだろうか。

 

「でもこれならゴーストを効率よく倒せるよ、ありがとう!」


 以前は力技でオーバーキルと言えるほどの攻撃で倒していたが、今回は前回とは全く違っていた。

 剣の大振りは少なく、大きく振っても体制を崩さない。

 床に穴をあけた足運びは、まるでダンスを踊っている程度の音しか出ていない。


 それなのに以前よりも圧倒的にゴーストを倒すペースが早い。

 わずか二、三週間程度でよくここまで成長したものだ。

 ゴーストはブルースの攻撃から逃れる事が出来ず、来るモノのほとんどがその場で切り倒されていく。


 数匹だけシアンに近づいたが、何やら霧吹きで液体を吹きかけられると、泣く様に逃げていった。

 どうやら自衛手段は持っている様だ。


 一時間ほどが過ぎただろうか、ダンスホール二階のゴーストは居なくなっていた。


「凄いんだよブルース! 前はあんなに苦労してたのに、一人で倒しちゃったんだよ、ダヨ!」


「う、うんありがとう。自分でも驚いてる。でもシアンの札のおかげかな」


「えへへ~、まだまだいっぱいあるんだよ、ダヨ!」


 そう言ってトランプの様に両手でずらりと持って見せた。

 札を持ってトコトコ歩きだし、何をするのかと思ったら周囲の床や壁に札を数枚貼り始める。


「これでここはオバケが入ってこれないんだよ、ダヨ」


 安全地帯まで出来てしまった!


『艦長、ホール二階の奥に食堂や調理場らしきものがあり、さらに奥には各種店舗が並んでいます。船全体をスキャンした結果、異物らしきものを船底後方に発見しました。そちらへ誘導しますか?』


「そうだねブラウン、あまり時間をかけても仕方がないから、最短じゃなくてもいいけど案内をお願い」


『了解しました。それではナビゲートを開始します』


 奥へと進み調理場を抜け、食堂のあたりには大量のガイコツが散らばっていた。

 これが前回見たスケルトンか判らないが、無理に相手をする必要も……ガイコツが起き上がってきた。

 どうやら簡単には通してくれない様だ。


「スケルトンは突然現れたりしないから、ゴーストよりもずっと戦いやすいね!」


 スッと姿勢を低くすると、一気にダッシュして食堂の端まで移動した。

 そしてまだダッシュして帰ってくる。

 何をしたのだろうか?

 ああ、すれ違いざまにスケルトンを全て倒していた様だ。


 一往復で三分の一を倒し、もう二往復して残りのスケルトンも全て倒しきる。

 戦い方を理解したら、狭い船内でもそれなりの技を使える様だ。

 食堂のスケルトン討伐が終わり、食堂を出ると長い通路があった。


 両脇に扉が並んでおり、どうやら客室だと思われる。


『ここには何もありませんから走り抜けましょう』


「わかった」


「わかったんだよ、ダヨ」


 長い一本道を走っていくと、ふとブルースは足を止めて一つの扉を見つめた。


『艦長、ソコには何もありません急ぎましょう』


「……何か聞こえたんだよ、ダヨ?」


「うん、僕にも聞こえた」


『こちらでは何も観測できていません。先を急ぎましょう』


「ごめんブラウン」


 ブラウンの言う事を無視して木の扉を開けると、やはり客室の様だった。

 豪華なベッドに化粧台、テーブルやイスが置いてあり、かなり高級そうな広い部屋だ。


 ふとベッドが目に入る。

 シアンと共に近づくと、そこには動かないガイコツが二体眠っていた。

 ガイコツは向かい合い、手が胸のあたりで重なっているのだが何かおかしい。


「あ、これはナイフなんだな、ダナ?」


「二人ともナイフを手に持ってた? ベッドで? ……!!」


 部屋を見回すと化粧台には埃をかぶり、壊れた化粧品が置いてある。

 そして開け放たれたクローゼットには男性もののスーツがかけてある。


「恋人……夫婦?」


「きっとオバケやガイコツに倒されるのが嫌で、お互いに命を絶ったんだよ……ダヨ……」


「じゃあみんなが同時にアンデッドになったんじゃなくて、何かによって順番にアンデッドになったって事かな」


『その解釈で間違いないと思われます』


「ブラウンは僕達に見せたくなかったんだね」


『申し訳ありません艦長。艦長の精神衛生上よくないと判断しました』


「うん……ありがとう気を使ってくれて……グス……僕も、僕も強くならなくちゃ……ね。グスン」


 ブルースは泣いていた。

 自分の無力さに嘆き、命を絶った二人に自分を重ねてしまったのだ。

 ブルースにはオレンジーナとエメラルダという逃げ場所があった。

 しかし二人には逃げ場所など無かったのだ。


 追い詰められ、次々とアンデッドと化していく乗客を見て、希望などあるはずもない。

 地下に来てからか海上かは判らない。

 どちらにしても逃げる事など出来ないのだから。


「ブルース、私がいるよ? 大丈夫だよ、ダヨ?」


 シアンがブルースの涙を拭こうと手を伸ばすが届かない。

 ブルースはしゃがみ込んでシアンに抱き付くと、シアンは優しく頭をなでる。

 何分か泣くと顔を上げ立ち上がる。


「こんな事をした奴を許してはおけない」


「そうだよ! お仕置きしないとなんだよ、ダヨ!」

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