121.ボーダーレスに成れれば

「何をしている! 聖なる儀式を台無しにするつもりか!」


 十名以上の男が現れ、オレンジーナに向けて怒声を浴びせる。

 代表者らしい杖をついた老人が一歩前に出ると、治療の手を止めさせようとする。


「お前は何をやったかわかっているのか! せっかくの儀式を、せっかくの犠牲をどうしてくれるんだ!」


 老人は杖で地面を何度も突き、真っ赤な顔で怒鳴りつける。

 だがそんな事で引くオレンジーナではなかった。


「これだけの犠牲を必要とする儀式などおめなさい! それにこれほどの山火事を起こして、被害を広げるだけ広げてどういうつもりですか!」


「うるさい! お前のような小娘につべこべ言われる筋合いはない! 今からでも遅くない、この霧を無くし、その者達を木に縛り付けるのだ! 早く火を広げろ!」


 全く効く耳を持たない老人達。

 そんな時に一人の中年男性がオレンジーナを指さした。


「こいつ見た事がある! 確かゴールドバーク王国の聖女セイントだ!」


 その言葉に男性たちは驚きを隠せない。

 だが驚いたのは畏怖いふからではなく、ねたみからだった。


聖女セイントなんてスゲースキルを持ってるからそんな事が言えるんだ!」


「そうだそうだ! 俺達みたいな大して役に立たないスキル持ちは、なんとかボーダーレスにならなきゃ一生使い走りで終わりなんだ!」


「偉い奴らは俺達がボーダーレスになるのが困るんだな!? だから妨害したのか!」


 などなど、もう手が付けられない状況になってしまった。

 オレンジーナは男たちのスキルを鑑定した。

 リーダーの老人は農家レベル29、オレンジーナを指さした中年は釣り師レベル24だった。


 レベルが上がっているという事は、それを仕事にしているからだろう。

 趣味や暇つぶしで行けるレベルではない。

 だが真面目には働いていなかったというレベルだ。


「ボーダーレスになったから何だというのです? 与えられた仕事をしっかりこなす事が、あなた方の生活を豊かにし、周囲の人も協力するのです。ボーダーレスという幻影に取り付かれてはいけません!」


 どうやら老人たちは、大量の人を苦しめて殺す事がボーダーレスへの近道だと感じているようだ。

 全く意味がないのだが、急激に強くなる人物を見て、何か秘密があるのではないか、そう思ってしまったようだ。


 そして考え付いた方法が生贄を苦しませて殺す事だったのだろう。

 一体どうしてそんな方法を思い付いたのだろうか。


「やかましい! どうせ偉い奴らは良いスキルを持ってるかボーダーレスになってるんだろ! そしてワシらをこき使ってる! そんなの我慢できるかぁ!」


 自分達の暮らしがよくならないのはスキルのせい、そう思う事で心を壊さずにいられたのだろう。

 だがいつまでたってもボーダーレスには成れず、こんな狂った方法を行っているのだ。


「あなた方は生きているではありませんか! 生活に困らないスキルだったのでしょう? ならばなぜスキルを磨こうとしないのですか? 腐らずに磨き上げれば、スキルは必ず応えてくれます!」


 オレンジーナのこの言葉はブルースの事だ。

 戦場では時代遅れと言われた重装歩兵ファランクス、家を追われ親に命を狙われ、それでもスキル重装歩兵ファランクスを諦めなかった。


 そして今では比類なき力を手にしている。


 だがそれは結果論だ。

 国にしても貴族にしても、スキルだけで人を判断している。

 役立たずの烙印を押された人間が、そう簡単に這い上がろうとは思わないだろう。


 そんな言い合いをしていると、シアンの出した霧により山火事はほぼ鎮火、シルバーは遺体を含めすべての人を集め終わった。

 エメラルダは周辺を調べたが、逃げ遅れた人間はいないようだ。

 ブルースとローザも周囲の樹木を切り取り、延焼を食い止め終わった。


『どうしたの姉さん? この人達は誰?』


 突然現れた巨大な人型機動兵器に腰を抜かす男達。

 叫んだり涙を流したりと、さっきの威勢の良さはどこへ行ったのか。


「も、モンスター⁉ 兵士達が討伐したはずじゃ⁉」


「所詮は国仕えだ、ロクな仕事をしないな!」


 そんな事を言いながら、人型機動兵器ハンマーに助けを乞うように拝んでいる。

 

『え? 何してるのこの人達??』


「ブルー、この人達が山火事の元凶よ。そして木に縛り付けた人たちでもあるわ」


『え!? ちょっとジーナさんそれ本当? なにとち狂った事してくれたのこの人達!』


 シアンはヴェイロンVXから降りて怪我人の治療を開始する。

 しかしその目は怒りよりも悲しみに暮れている。


「どうしてこんな事をするのかな、カナ」


「あ、あれは何だ!? モンスターか?」


「アレは兎人コニードゥじゃないか? 亜人の一種の」


兎人コニードゥってまだ居たのか」


 兎人コニードゥが珍しいのか、恐怖や好奇心やらで男たちの感情は色々と入り混じっている。


『山火事の犯人ならば、衛兵に突き出しましょうか?』


「いいえシルバー、残念だけど街ぐるみの犯行の可能性があるから、突き出してもお咎めは無いでしょうね。それどころか私達が捕らえられるかもしれないわ」


『じゃあ逆に僕たちが犯罪者って事だね? でも山火事に何の意味があったの?』


「ボーダーレスを作る為らしいわ」


 全員があっけにとられた。

 こんな事をしてボーダーレスになれるなら、快楽殺人者はとっくにボーダーレスになっているだろう。


『バッカらし。放っておけばいいよ、こんな事を他の街に知られたらこの街には誰も来なくなるんだし』

 

 ハッとしたように老人が目を見開く。


「そんな事はさせん! 仕方がない、おい、アレを出せ!」


 老人の言葉に反応するように背後の木が何本も倒れ始める。

 現れたのは口に猿ぐつわを付け、目と鼻が隠れるように縫われた皮のマスクをかぶった大男だった。


 

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