45.同じなのに違うウワサ

「ジーナ姉様はいらっしゃいますか!?」


 ブルースが泊まる部屋にエメラルダが駈け込んで来た。

 どうやらウワサを聞いたらしく、慌ててやって来たようだ。

 そして目に入ったのが、ベッドに座るブルースの背中に抱き付いて泣いているオレンジーナだった。


「エメぇ……私、私汚されちゃったよぅ」


「ま、まさかシャル兄さんに力ずくで!?」


「まだ大丈夫みたいよ~。今は心が汚されてる? 的な感じ」


「ほっ、そうでしたか。それにしてもシャル兄さんは何を考えているのでしょう。以前からお姉様を崇拝しておりましたが、まさか結婚を望んでいるとは思いませんでしたわ」


 ブルースの隣に座り、オレンジーナの頭を撫でるエメラルダ。

 エメラルダにも抱き付いて慰めてもらう。


「それにしても、シャル兄さんはどうして僕との決闘を望んでるんだろう」


「え? 私が聞いた話では『家の事は家の中で対処しろ。そうだな決闘でもしたらどうだ?』と陛下へいかがおっしゃったとか」


 ブルースが聞いた話とは少し違っていた。

 それもそのはず、オレンジーナが聞いた話も少し違っていて、同じウワサでも内容が違っているものが多数存在している。


「みんなの言ってる事違う! ヘンだよ! ダヨ!」


「そうですわね……ウワサなので尾ひれがつくのは仕方がないとして、面白おかしく変わるにしては陛下へいかに話が通るなんて……誰の仕業なのかしら」


「そういえばデモンスレイヤーのジョディさんが言ってたよ、ウワサを利用しようとするやからが居るかもしれないって」


「ジョディさんが? あの人がそういうのならば可能性は高そうですわ。それにしても……お姉様、そろそろ泣き止んでくださいまし」


 困り顔でオレンジーナを見るエメラルダ。

 会話に入る事もなく、ひたすらブルースの背中に顔を埋めて泣いている。


「だって……今のままで戦ったら、ブルーは負けちゃうんだもの」


「え? まってよジーナさん、ブルー君が負けるはずないじゃん? だってブボーーーーって凄い音で攻撃するんだよ? 負けるはずないんじゃない?」


「ええ、私もそう思いますわ」


「ブルーは勝つんだよ! ダヨ!」


「ダメなのよ……アレを使うとブルーがボーダーレスだとバレてしまうわ。戦場や観客がいない場所ならいいけど、決闘になると闘技場でやるから使えないのよ」


 あ、と二人が小さくつぶやく。

 近接防衛火器システムファランクスを使えば勝てるとしても、使った後はボーダーレスとして国に拘束される可能性がある。

 その後は実験に次ぐ実験で、どんな事をされるかわかったものではない。


「え? え? じゃあブルー君は重装歩兵じゅうそうほへいで戦わなくちゃいけないって事!?」


「無理ですわ! シャル兄さんは性格はゴミでも魔法使いウィザードとしての実力は一級品! 勝てるはずがありませんわ!」


 勇者を倒した時は三人で戦い、しかも魔動力機関装甲輸送車ファランクスも使っていた。

 だが魔動力機関装甲輸送車ファランクスは鍛冶屋と協力して作ったという事にしてあり、決闘の場に持ち込むことは出来ないだろう。


 純粋に重装歩兵ファランクスで戦うしかないのだ。


「出場しなかったら、どうなるかな」


 そんな事をボソリとつぶやくブルース。

 しかし逃げたところで結果は変わらないだろう。


「その時はシャルの不戦勝よ。そうね、その方が良いかもしれないわね」


「お、お姉様?」


「だって重装歩兵ファランクスでは魔法使いウィザードには勝てない。それなら戦って怪我をするだけ無駄だもの。大人しく嫁いだ方がいいわ」


「で、でもジーナさんは? 弟と結婚なんていいの?」


「嫌だけど、私の為にブルーが怪我をするなんてもっとイヤ」


「違うよ姉さん。僕が逃げるんじゃなくて、シャル兄さんを出場できなくするんだ。闇討ちでも何でもしてね」


 手をギュッと握りしめるブルース。

 どうやらオレンジーナを嫁がせるつもりは無いようだ。

 だが。


「ダメ! 陛下へいかの認める決闘で小細工をしてはいけないわ! バレたら国を追われるどころか地の果てまで追いかけられるわ!」


 国王が許可した決闘を汚す事は、国王を侮辱したのと同義になる。

 逃げる事は出来ず、正々堂々と戦うしかないのだ。

 たとえ負けると分かっていても。


「でも、でもそれじゃ姉さんが!!」


「今回の事は、私が不用意に流したウワサが原因。やきが回ったようね」


「それならば私もです! 一緒にウワサを流した私にも責任がありますわ!」


 オレンジーナはエメラルダを抱きしめて、頭を撫でてこう言う。


「私が言い出したのだから、責任は私にあるわ。それにエメに火の粉が飛ぶのは阻止しないとね」


「でも、でもお姉様……」


 それ以上は何も言うなと顔を抱きしめる。

 魔動力機関まどうりょくきかん装甲輸送車そうこうゆそうしゃ近接防衛火器きんせつぼうえいかきシステムが使えなければ、重装歩兵では勝負にならない。

 

 重装歩兵ファランクス魔法使いウィザードの戦力比は9:91。

 近づけなければ負けが確定し、近づいても分が悪いという勝負だ。


 そんな勝負を前に、ブルースは姿を消した。

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