40.真実を映す器

 ブルースが行方不明になりひと月が経つが、少し時間を戻そう。

 行方不明から一週間が過ぎた時、オレンジーナは一つの決断をした。


「ローザ、エメ、私と戦闘訓練をして欲しいの」


 ワイズマン家のオレンジーナの部屋で、ローザとエメラルダにそんなお願いをしていた。

 今はブルースを探す事が急務なのに、なぜそんな事を言うのかと二人は首をかしげる。


「お姉様、どうして今訓練なのですか?」


「そうだよ! 今はブルー君を探さなきゃ!」


 メリメッサ共和国ではもう情報が集まらなかったため、一旦ゴールドバーク王国に戻り国王に挨拶をし、何やら依頼があったようだが用事かあるからと断ったのだ。

 そう、国王の依頼を断ったのだ。


 本来ならば独房に放り込まれても文句は言えないが、国王としても聖女セイントの機嫌は損ねたくないし、あまりに強い意思を感じたので謹慎で済ませたのだ。

 なので今は自由には動けない。


「今だからなの。今からやらないと間に合わないかもしれないのよ」


 オレンジーナの言い分はこうだ。

 ブルースの行方が知れなくなったのは、間違いなくシャルトルゼが関わっている。

 しかしシャルトルゼは魔法使いウィザードであり精神的にあまりにも強固なため、ブルースの行方を聞いても教える事は無い。


 ならば無理やり聞き出すしかないのだ。


 それを可能にするのが『ホルエンのうつわ』。

 これは器に聖水を満たし、水面に映った者の真実を暴くというモノであり、シャルトルゼを映せばブルースの真実がわかるはず……なのだ。


「お姉様は確か聖具保管者サクリスタンになられたのですわよね? ホルエンの器が使えるようになる確証があるのですか?」


「わからない、でも可能性は高いと思うのよ。今使える聖遺物は経典に出て来る順番通りなの。だから順番で言えば六つ目にホルエンの器が出て来るから、一週間もあれば使えるようになると思うわ」


「え? だって今使える聖遺物って三つでしょ? その倍って事はどれだけ熟練度を上げればいいの?」


「……やるしかないのよ。これ以上時間をかけたらシャルトルゼが戦場へ行ってしまうから」


 器に映す本人が戦場へと向かってしまっては、真実を知る事が出来なくなる。

 そうなったら手掛かりはゼロに等しい。

 今からやっても間に合うかどうかはわからない、しかしやるしかないようだ。


 それからは毎日が凄まじかった。

 最小限の睡眠時間と食事を取る以外は休むことなく訓練し、日に日に三人は強くなっていった。

 無茶な訓練は体を壊し逆効果だが、困った事に超回復魔法のせいで効率よく強くなってしまった。


 そんなある日、オレンジーナはベッドから起き上がる事が出来なくなった様で、心配したシャルトルゼが部屋を訪ねたのだった。


「ジーナ姉さん大丈夫ですか? あんなに思い詰めて訓練をするなんて、陛下へいかに言われた謹慎を気にしているんですか?」


「ごめんなさい心配をかけて。でも大丈夫よ、直ぐに元気になるから。ゴホッゴホッ」


 ベッドで上半身を起こし、少し咳き込むオレンジーナ。

 シャルトルゼは背中をさするのだが、どうやら喉が渇いているようだ。


「シャル、悪いけどそこのコップに水を入れてもらえるかしら?」


「お安い御用ですよ」


 指さされたテーブルには水の入った容器といびつなコップが乗っていた。

 変わったコップだなと思いながらも、シャルトルゼは中に水を注ぎ、オレンジーナに手渡す。


「どうぞ姉さん」


「ありがとう。それにしても、ブルーはどこへ行ってしまったのかしら」


「逃げたんですよきっと。あいつは昔から逃げてばかりでしたから」


『マルマさんの上空千メートルの位置に転移させたんだ、今頃は動物のエサになってるさ』


「ハ!? なんだいまの声は! 姉さんこの部屋に誰かいます!」


「そうねシャル。どうしてそんな場所に転移させたのかしら」


「わ、私が知るはずがありませんよ!」


 すでに持ち主が替わっているコップだが、その水面にはシャルトルゼの顔が映ったままであり、その口が本人とは別に勝手に動き始める。


『あいつは昔から気に入らなかったんだ。スキル鑑定の儀でファランクスだと聞いて笑いが止まらなかったさ』


「な!? それは一体何ですか!」


「そう……やっぱりアナタの仕業だったのね。兄弟だから信じたかったけど、やっぱりワイズマンの血なのね」


 そう言うとオレンジーナは立ち上がり、シーツをめくるとすでに旅支度が出来ていた。

 

「エメ! ローザ! マルマ山へ行くわよ!」


 窓を破って何かが飛び込んで来た。

 ワシの体に獅子の下半身を持つ生物、神々の馬車を引くというグリフォンだ。


「お姉様!」


 その背中にはエメラルダとローザが乗っており、エメラルダが手を伸ばすとオレンジーナは手を取りグリフォンの背に飛び乗る。


「ブルー君を探しにいっくよ~!」


「ええ! 早くブルーを探すわよ!」


 嵐の様にオレンジーナを乗せて飛び去るグリフォン。

 それを呆然と見送る事しか出来ないシャルトルゼだが、ふと意識を取り戻すととても穏やかな笑顔をしていた。


「ああ……ああジーナ姉さん。なんて美しいんだ。やはりあなたは私にこそふさわしい」


 オレンジーナの姿が見えなくなるまで見送ると、部屋から出たシャルトルゼの顔は豹変していた。


「ブルース! お前は死んでもジーナ姉さんの心に残り続けるんだな!! やはり直接なぶり殺しておくべきだったよ!」

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