39.兎人の村

「えー!? ブルー君が一人でどっか行っちゃったの!?」


 ブルースと一緒にダンスを踊ろうとしたローザだが、オレンジーナにブルースがいない事を伝えられ、驚き戸惑っていた。

 好かれてはいなくとも仲間だと思っていたのに、勝手に置いて行かれた事に落ち込んでいる。


「落ち着いてローザ。ブルーが私達を置いて勝手にどこかに行くなんて考えられないわ」


「でも……でも居ないんでしょ?」


 ローザの耳に顔を近づけ、そっと耳打ちする。


「これは勘だけど、シャルトルゼがブルーに何かを言ったんじゃないかと思うの。ブルーはシャルを怖がってるから」


「兄弟なのに、仲良くないの?」


「……ちょっと仲が悪いだけよ。だから私達で探し出してあげましょ?」


 ブルースは崖の底で倒れていた。

 重装歩兵ファランクスの鎧はへこみ、数か所ほど大きなヒビが入っている。

 まだ息をしている様だが、出血量や手足の曲がり方を見て緊急事態なのは間違いない。


 そこへ“ひょこん”と岩場から顔が出て来た。

 頭の上にある長い耳は毛におおわれている。

 『兎人コニードゥ』と呼ばれるウサギの亜人のようだ。


 ブルースが気になるようだが、警戒心が強いのか中々近づこうとしない。


「あんなに重そうな鎧着てる……重くないのかな、カナ?」


 周囲をキョロキョロ見回し、他に誰もいない事を確認すると岩から体を出して来た。

 背は低く百二十センチほど、上半身は特徴的な耳と白い毛に覆われている以外は人間の女の子と変わりないが、下半身はウサギに近い。


 歩く事も可能だが、走る時はジャンプした方が速そうだ。


「もしも~ぉし? 生きてますか~? 死んでるよねこんなに血が流れてるんだし、ダシ」


 しかし大きな耳には微かに息をする音が聞えて来た。


「生きてるし! あわわわ、助けなきゃ助けなきゃ、キャ!」


 近づいてどこかへ運ぼうとするが、とても重くて動かせない。

 兎人コニードゥは運ぶのを諦め、ぴょんぴょんと飛んでどこかへと行ってしまった。


 しばらくしたら沢山の耳が岩場から現れた。

 耳の数は三十以上はあるだろうか、そして岩場から一斉に顔が現れる。


「あれか? あれを助けるのか?」


「そ! なんか息苦しそうだし、助かるなら助けたいし、タイシ!」


 ブルースが動けないのを確認すると、兎人コニードゥはぞろぞろと出てきてブルースを囲む。

 鎧が重そうなのかツツいているが、これだけの人数がいれば何とかなるだろう。




「ブルースー! どこなのブルースー!」


「ブールーウーくーんー! 返事してよー!」


 宮殿はおろか宿にも姿が無く、しかも荷物を置いたまま姿を消した事で、オレンジーナとローザは街中を探し回っていた。

 門番はブルースを見ていないようなので、街の中にいると信じて。


「ジーナさん居た?」


「いいえ。ローザは?」


 首を横に振るローザ。

 ブルースを探し始めて三日、全く手掛かりがなく、二人はかなり憔悴しょうすいしていた。

 

「こんな事って……受勲式以降の足取りが全くなくなってるわ」


「どこに行っちゃったんでしょう……そもそも誰も見てないってあり得ますぅ?」


 宿の部屋でうな垂れているが、ここ三日三晩ほとんど休んでいないのだから、疲労もピークを過ぎているだろう。

 二人は椅子に座ったまま眠りについた。




 ブルースが目を覚ましたのは、兎人コニードゥ達に助けられて十日が過ぎた頃だった。

 鎧は脱がされていて、体中が包帯だらけのえ木だらけ、ついでに薬草がたんまりと盛られている。


「う……動けない……どこだろう、ここ」


 顔も首も包帯が巻かれているため天井しか見えないが、どうやら木でできた建物のようだ。

 日が差し込んでいるから日中のようだが、状況が掴めないブルースは混乱していた。


「あ! 目が開いてる! 起きた? 目が覚めた、メタ?」


 ドアが開いて声が聞こえる。

 子供のような声だが随分と変わったしゃべり方をしている。


「体痛い? ごはん食べれる? 喉乾いてない、ナイ?」


 ひょこんとブルースの顔を覗き込むと、ブルースは目を見開いた。


兎人とじん? ここは兎人コニードゥの村なの?」


「そだよ~。ここはウサギ族の村。兎人コニードゥパラダーイス! です、デス!」


 両手を大きく万歳から横に広げ、とてもうれしそうにする兎人コニードゥの少女。

 大きな耳と白いフカフカの毛、長袖の青いシャツと茶色の半ズボンを履いている。

 体が小さいからか、顔つきもとても幼く見える。


「僕は……どうしてここに?」


「私達が運んできたんだよ、ダヨ?」


「はこ……ぶ? どこから?」


「崖の下に落ちたんでしょ? でもよくこんな山奥に来れたね、タネ」


「がけ……!!」


 ブルースはシャルトルゼに空間魔法を使われ、上空に放り出された事を思い出す。

 山の斜面を転がり落ちている最中に意識を失ったため、それ以降の記憶は無いが崖から落ちたといわれ、良く生きていたと驚いている。


「あ、じゃあ助けてくれたんですね。ありがとうございます」


「なんのなんの~。困ってる時はお互い様だよ、ダヨ!」


 それからひと月が過ぎ、ブルースはようやく一人で動けるようになった。

 今までは兎人コニードゥの少女シアンの介護のお陰で歩けていたが、ようやく自分の足だけで歩けるようになったようだ。


「ありがとうシアン。ずっと介護をしてくれて」


「なんのなんの~。やりたくてやっただけだもん、モン」


 村の中をシアンに支えられながら歩いているが、村の中でも随分知り合いが増えたようだ。


「や~ブルース、元気になったね~」


「よーブルース、今度遊ぼうぜ」


「ブルース今日はどこ行くの~?」


 などなど、歩いているだけで声をかけられる。

 それもそのはず、先週の事だが、狼の群れが兎人コニードゥの村に現れたのだ。

 それをブルースは近接防衛火器システムファランクスを使って倒し、狼の肉を全て村に寄付したのだから。


 元々狩りがあまり得意ではない兎人コニードゥなので、肉をもらえたことはとても嬉しかったようだ。


「ねえシアン、この村はゴールドバーク王国のどこら辺にあるの?」


「ん~、私ゴールドバーク王国って知らないよ、イヨ?」


 兎人コニードゥは独自の生活を送っている内に、人間の国という境目を全く気にしていなかったのだ。

 なのでブルースが現在位置を知りたくても、それを知る術がない。


「姉さん達元気にしてるかな」

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