34.誰が帰るもんですか!

「ウォーゼル国王との約束なんだ。万が一の場合は聖女セイントを逃がせ、と。だから聖女セイントオレンジーナ、ゴールドバーク王国への即時帰還を命じる」


 ゴールドバーグ王国に聖女セイントオレンジーナの力を借りる際、なにがあっても聖女セイントを無事に返還せよ、そう言われていた。

 今回の迷宮氾濫は異常であり、首都の防衛すら不可能な可能性がある。


「そうですか……ではは失礼させていただきます」


「ああ、を返すのは忍びないが、せめて成功を祈って欲しい」


 きびすを返そうとしたオレンジーナの足が止まる。

 そして普段からは考えられない程の恐ろしい声で司令官に問いかける。


「ブルースを……ローザをどうするつもりですか?」


 地獄の底から聞こえる様な声に、司令官は震えが止まらなかった。


「かっ、彼らはすでにっ、ぜ、前線に送ってある。あの二人に関しては可能な限りとっ、そ、そう言われている」


 その言葉を聞き、オレンジーナは何も言わず走り出した。


「ねぇブルー君、あの数は私、見たことも聞いた事もないよ?」


「元デモンスレイヤーのローザさんでも? それだけ大規模な氾濫って事なのかな」


 首都の防衛として街の外にいたブルースとローザは、他のデモンスレイヤー達と同じ部隊に配置され、ほぼ最前列にいた。

 ブルースは重装歩兵ファランクスで待機しているが、まだモンスター集団との距離があるにもかかわらず地響きがする。


 所属するデモンスレイヤーの隊長が報告を受け、それを全員に伝え始めた。


「敵の数は一万を超えており、中型・大型がメインだそうだ。俺達の活躍のしどころだな!」


「ひゃっほ~ぃ! いい金になるぜ!」


「マジかよ面倒くせぇな」


「俺、明日デートなんだけど今日中に帰れるか?」


 などなど、デモンスレイヤーは相変わらず個性的だ。

 性格だけでなく、その風貌も個性的だ。

 赤いモヒカンや、やたら太った男、顔じゅうピアスの女……パンクを通り越して世紀末だ。


「モンスター共はまもなく現れる! 全員気を抜くなよ!」


 その言葉の後、数分でモンスター集団を射程距離に捕らえた。

 ほとんどのモンスターは身長五メートルから十五メートルあり、正面からぶつかれば吹き飛ばされて終わりだ。

 一見小型に見えるのは霊的なものや四足歩行の生き物だ。


油壷あぶらつぼ投擲とうてき! 投げた者はゆっくりと後退しながら矢と魔法で攻撃開始!」


 各自で持っていた小型の油壷を投げ、更に後方からはカタパルトを使って大きめの油壷が投擲された。    

 前線をゆっくりと下げながら攻撃が開始される。

 火矢や火の魔法でモンスター達が燃え上がり、かなりの数のモンスターは動けなくなった。

 

 だが通用しないものもいる。

 霊的なもの、火に耐性のあるもの、燃えても平気なもの。

 だが少しでも数を減らせるのならば減らした方が良い。


 しばらく後退すると、兵たちは立ち止まり攻撃を続行する。


「手を休めるな! 矢を使えない者は投石しろ!」


 ブルースも投石しているが、コントロールが悪いため真っ直ぐ飛ばない……のだが、流石は重装歩兵ファランクスレベル99、明後日の方向に飛んでいってもモンスターが溢れており、大型モンスターの体内にめり込む威力だ。


「あはは! ブルー君ってちから凄いね! 私も力があるからお似合いだね!」


「力はローザさんの方があるでしょ?」


「あ~っ、女の子になんてこと言うかな!」


 そう言いながらローザも投石するが、その石は真っ直ぐに飛んでいき大型モンスター一匹を貫通して後ろのモンスターにめり込んだ。


「あ、私の方が力あるね!」


 二人でそんな会話をしているが、もちろん他の誰にもそんな芸当は出来ない。

 ローザは普通に弓を構えて攻撃を再開するが、その矢も凄まじく、火矢は命中と同時に爆発し、普通の矢は何匹も貫通している。


 それでもローザは直接攻撃をした方が威力があると思うのだが。

 しかしそれには理由があった。

 後退をしないのでモンスターとの距離が近づくのだが、一定の距離になるとモンスター達が地面に落ちていくではないか。


「よし! 落とし穴に火矢を撃ちこめ!!」


 長く横に掘られた落とし穴はかなり深く幅も広い。

 大型モンスターと言えど落ちればすぐには出て来れないだろう。

 更に油を満たしてあるので、落ちたモンスターはもちろん、落とし穴の上からは進行が出来なくなる。


 一気に油に火が付くと穴に落ちたモンスターは暴れ、火壁の近くのモンスターはう回路を探し始める。

 そして十メートルおきに開いている隙間から順番に姿を現し、それを囲んで倒していく。


「数が多いから、一匹に時間はかけられないね」


「まっかせて! ブルー君はそこで受け止めて、私が好き勝手に動くから!」


 大型モンスターの攻撃をブルースが盾で受け止め、その隙にローザが剣で一撃で倒す。

 大型の剣を使うだけあって大型モンスターにも有効だ。

 しかし敵の勢いは予想以上に強かった。


「火壁の中からモンスターが現れたぞ!」


 デモンスレイヤーの一人が叫ぶと、落とし穴があったはずの場所から次々とモンスターが姿を現し始める。

 火の勢いは少しは弱くなっているが……どうやら弱いモンスターが生贄となり、落とし穴に落とされて渡れるようにしたようだ。


「うげ! モンスターってだけあって血も涙もないわね! 仲間意識はないの……あるわけ無いか」


 そんな事はデモンスレイヤーだったローザがよく知っている。

 モンスターは同種族であっても同じことをするだろう。

 そして火の中から相性の悪いモンスターが姿を見せた。


「ローザさん! 戦士の悪霊バロウワイトだ!」


 霊的な存在には物理攻撃が通用しない。

 ローザもブルースも物理攻撃しか使えないため、魔法使いの援護が必要だ。

 ……だが手の空いている魔法使いウィザードなどどこにも居なかった。


「あ……やば」


 戦士の悪霊バロウワイトが骨の腕を振り上げると、ローザめがけて振り下ろす。


粛清しゅくせい聖典せいてん!』


 戦士の悪霊バロウワイトの頭上から光が差し込み、悪霊は蒸発するように風に流されて消えていく。

 あちこちでも同じように光が差し込み、数の少ない魔法使いウィザードのフォローがされている。


「ブルー! ローザさん!」


 何者かが走り寄り、二人に回復魔法を施した。


「エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒーール!」


 相変わらず怒涛の十二連発!

 

「ジーナ姉さん! 大丈夫! 僕は大丈夫だから!」


「わ~、既視感デジャブるな~コレ」

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