33.異常氾濫

「迷宮入り口の様子はどうだ?」


「モンスターの声や足音が大きくなっています。明日には出て来るでしょう」


「そうか、万全とは言えないが、出来る事はやったつもりだ、最終的な規模は始まらないとわからないな」


 遂にバルバーサ迷宮の氾濫を明日に控え、メリメッサ共和国の首都では厳戒態勢が敷かれていた。

 軍やデモンスレイヤー、傭兵なども協力し、国を挙げての防衛戦となる。

 防衛戦は軍が主導で行われ、デモンスレイヤーの室長は副官として参加する。 


「司令官、首都に加護の魔法防護壁を展開完了しました」


「ありがとう、聖女セイントオレンジーナ」


「しかし規約により最低限の防護壁しか展開できませんから、小型のモンスターを防ぐのが精一杯です」


「それで十分だ。圧倒的に小型が多いから、街への被害が無くなるのは精神的にも安心だ」


 司令官は髪のない頭を撫でながら、白いあご髭も撫でる。

 机の上には迷宮周辺の地図があり、そこに展開している部隊が木の駒として置かれている。

 迷宮の入り口付近に多く配置されており、出て来た瞬間に倒してしまうのだろう。


「迷宮から目を離すなよ! 交代要員はしっかり休憩を取っておけ!!」


 翌朝。

 迷宮の岩盤をくり抜いた入り口から凄まじい音が聞えて来た。

 足音? 足音にも聞こえるが、まるでまるでボーリングマシンで地中を連打しているようだ。


「な、なんだこの音?」


「隊長、十年前もこんな音がしたんですか?」


「いや、こんな音は聞いた事が無いな」


 入り口周辺にいる兵たちが騒いでいる。

 十年前の氾濫を知っている者でさえ、今回の音は聞いた事が無いようだ。

 ではこの音は一体何なのだろうか。


 音は次第に大きくなり、その数も増えていく。

 兵やデモンスレイヤー達は武器を構え、モンスターが飛び出してくるのを待ち構える。

 しかし。


 迷宮入り口の岩盤が破裂し、つぶてとなって兵たちに襲い掛かる。

 突然の事で直撃を食らい、沢山の兵たちは地面に倒れてしまった。

 そして破壊された入り口から姿を現したのは……身長五メートルはありそうな巨人・トロールだった。


 それも一体や二体ではなく次から次へと現れ、その口は小型のモンスターを食っていた。

 視界を奪われて倒れた者はトロールに踏みつぶされ、食われていく。


「距離を取れ! 弓兵隊! 魔法隊! 攻撃を開始しろ!!」


 隊長の命令により一斉に攻撃が開始されるが、トロールの巨体に矢は効果が薄く、魔法を詠唱している間にトロールが突っ込んでいき魔法が使えない。

 剣で必死に応戦するも、その傷口は見る見るふさがり、何事も無かった様に兵たちに襲い掛かる。


「ダメだ! トロールの回復力の方が上だ!」


「一体どれだけ出て来るんだ!」


 トロールが出てきた数はゆうに三十を超え、更に他のモンスターも出て来る。

 頭が二つある巨人・エティン、クマの体にフクロウの頭を持つアウルベア、戦士の悪霊・バロウワイト。

 軍の小隊(十~二十人)で一体を抑えるのが精いっぱいのモンスター達だ。


「伝令……本部に伝令だ」


 絶望する隊長が、最後の命令を部下に伝えた。


「司令官! 迷宮入り口の部隊が壊滅しました!!」


「な、なにいぃ~い!? 一体なにがあったんだ!」


 伝令が伝えた内容は衝撃的な物だった。

 小型モンスターの姿が無いどころか、一体でも発見されたら大規模な討伐隊が編成されるモンスターが、大量に現れたというのだ。


「ばかな……そんな、そんな事があるはずが……」


 ★☆天界☆★

「あれ? そういえば少し前にも異常氾濫があったわよね?」


「そうだね、確かあれは……そう五百年ほど前だったかな、あの時は国を一つ犠牲にして、大規模魔法で消滅させたんだったね」


「それを知ってる人間はいないの? 記憶力無し?」


「キミねぇ……人間は五百年も生きられないよ?」


「……し、知ってるわよ! 精々が百年しか生きられない事くらい!」


 随分と焦って誤魔化している女神。

 それに気付いているが、あえて何も言わずに男神は話を進める。


「それにしても、今回の異常氾濫は五百年前よりも大規模だね。国を二つほど犠牲にしたら収拾しゅうしゅうするかな?」


「なにノンキな事言ってんのよ! ブルースが危ない目に会っちゃうじゃない!」


「いや、そのブルースがいないと国二つでも済まないんだけど……?」


「なんでよ! 近接防衛火器システムファランクスがあるでしょ!」


徹甲弾てっこうだんが効かない相手がいるんだよ」


 ☆★地上★☆

「見えました! 巨人が多数! 魔獣や霊類も複数確認できます」


「総数はどれだけだ!?」


「総数……総数は数えきれません! 見える範囲全てがモンスターです!」


 兵達が首都の十メートル程の防壁上から外を見ると、おびただしい数のモンスターが目に入る。

 ざっと見ただけでもモンスターの数は一万はいる。

 だがその後ろからもゾロゾロと姿を現し、総数は一万どころでは済まないだろう。

 

「司令官、報告通りなら私の魔法防護壁は役に立ちません。私も戦場に出る事を進言します」


 オレンジーナが他国の街に掛けられる魔法防護壁は、国との規約により最低限のモノしか使えない。

 モンスターが中・大型ばかりだというのなら、魔法防護壁を維持するために街にいる意味は無くなる。


「……あなたを前線には出せない」


「なぜですか!? 聖女セイントには加護や癒しだけでなく、攻撃手段もあるのですよ!?」


「ウォーゼル国王との約束なんだ。万が一の場合は聖女セイントを逃がせ、と。だから聖女セイントオレンジーナ、ゴールドバーク王国への即時帰還を命じる」

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