13.それはスキルではありません、いいですね

「はじめまして皆さま、弟がお世話になっております」


 驚く周囲の反応をよそに、オレンジーナは丁寧に頭を下げる。

 そして何故かつられて頭を下げる面々。


「いやいやぁ~、待って待ってぇ、どうしてワイズマン家の聖女セイント様がさぁ~、こんな所にいるわけぇ~?」


「おほほほ、弟が怪我をしていないか様子を見に来ただけですわ」


「う、うむ、天馬騎士ペガサスナイトの兄なのだから、少年の姉が聖女セイント様というのはわかっていた。ああ、頭ではわかっていたのだ」


「あれ? 今って国境で小競り合いが発生して、そっちに出向いてるって話じゃなかった?」


 筋骨隆々パートⅠとローザがオレンジーナを見るが、とぼけるように「おほほほほほ」と笑い飛ばしている。

 どちらにせよ、この国にいる以上は大なり小なりオレンジーナの、聖女セイントの恩恵にあずかっているのだ。


「それで姉さんどうしたの? 本当に様子を見に来ただけな訳じゃないでしょ?」


「そうね、ブルースの無事が確認できたから本題に入るわ。『運び屋ブルース、現在我が国の国境は侵略者に脅かされている。よって要人護衛の任に付くよう要請する』よ」


「えっと、姉さんも知ってると思うけど、僕は護衛が出来るような力はなくって……」


「もちろん重装歩兵ファランクスの方ではなく、鉄の箱による護衛よ」


 どうやらブルースの魔動力機関装甲輸送車ファランクスは、国の中でも有名になっているようだ。

 そして今回のレイクモンスター討伐実績により、鉄の箱の安全性が確認された。


「確かに魔動力機関装甲輸送車ファランクスの中はどこよりも安全だと思うけど……要人って誰なの?」


「ブルース? 重装歩兵ファランクスの鎧の中じゃないのよ? 鉄の箱の方なのよ?」


「だから魔動力機関装甲輸送車ファランクスでしょ?」


重装歩兵ファランクスじゃないってば!」


「はいはい、お二人ともそこまで。ジーナ姉様、実はあの鉄の箱もファランクスなのですわ」


 どういう事? という顔でエメラルダを見たため、ブルースも思い出したように説明を始める。


「じゃあ重装歩兵ファランクスの練度が上がった事により、新たなファランクスとして魔動力機関まどうりょくきかん装甲輸送車そうこうゆそうしゃが現れた、というのね?」


 首を縦に振る。

 エメラルダに説明した時は「流石お兄様!」と喜んでいたのだが、オレンジーナは難しい顔をして考え込んでいる。


「ブルース、あなたまさか……ボーダーレスになったの?」


 ボーダーレス。

 スキルブックに書かれている一つ目のスキルを慣熟かんじゅくする事により、その次に書かれているであろう二つ目のスキルを使えるようになった者の事を言う。


 予言はされていたが実際に到達した者はおらず、実質不可能と言われていた。


「そう、なのかな。ある日突然頭に浮かんだんだ」


「ブルース! これは凄い事なのよ!? ああ! やっぱり私の可愛い弟は素晴らしい子だったわ! そうとなればやる事は一つね!」


 コホンと咳払いをして、今までにない真面目な表情をした。


「ここでの会話は部外秘とします。今後一切、ブルースのスキルの事に言及する事を固く禁じます。外にいる町長さんも、よろしいですね」


「ど、どうしてすかお姉様! ブルー兄様の力を知らしめれば、ワイズマン家に戻る事も、それどころか軍でも重宝――」


「ストップ。それ以上言ってはいけません。コレは決定事項です。ブルースも魔動力機関装甲輸送車ファランクスの事はスキルではなく、知り合いの鍛冶屋と協力して作ったという事にしなさい」


「う、うんわかった」


「ああそれと、鍛冶屋はもう死んだ事にして、同じ物はもう作れないとしましょう」


 なぜか表立ってブルースの力を示す事に拒絶反応を示すオレンジーナ。

 姉として弟の能力が認められることが嬉しく無いのだろうか。


「それでは私は戻りますが、要人護衛の依頼、受けてくれるわよね?」


「え? ああうん、受けます。それで要人って誰なの?」


「ゴールドバーグ王国第三王子、ジャレイ様よ」


 オレンジーナが帰り、楽しいはずの報酬分配は静かに行われた。


「な、なぁ少年、君の姉上、オレンジーナ様は、いつもあんなに厳しい顔をされるのか?」


「いえ、僕もあんな姉は初めて見ました」


「戦場の女神様かぁ~、慈愛に満ちた笑顔を絶やさない人って聞いてたけどぉ~、なぁ~んかぁ~、すっごい怖かったんですけどぉ~?」


「わ、私、あんな義理姉とやっていけるかしら」


「ちょっとローザさん!? どうしてジーナ姉様と姉妹になる前提なんですか!」


「ほらほらお黙り。数え間違えて少なくしちまうよ」


 老婆に言われ、口をつぐむ。

 しかしため息をつくと外に向けて声をかけた。


「キル坊、いつまでそこで呆けてるんだい」


 静かに扉が開くと、全身汗だらけのキリアム町長が立っていた。


「こ、殺されるかと思った……あんな恐ろしくて美しい笑顔、初めて見たぜ」


 他の者にはそこまで強く言わなかったが、町長には強めにお願いしたようだ。

 とにかくブルースの魔動力機関装甲輸送車ファランクスの事は、ただの道具として扱う事となった。

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