II. SWORD


「いつものを頼むよ、ミカゲ。キミの淹れる紅茶は完璧だ」


 10時45分頃クォーター・トゥ・イレブン、ご近所の夫妻がやってくる。

 同じ曜日の同じ時間、同じ席に座って、ダニエルはニコニコ顔でクリームティーを注文し、マギーは難しい顔でメニューを睨む。


「私は、そぉねえ、どうしようかしら。この前のブラックティー、美味しかったのよねえ。……ええっと、ホージチャ?」


 ブラックティーといえば紅茶だけど、ウチではほうじ茶も人気なの。ミルクティーにしても意外といけるのよ。


「でも、やっぱりグリーンティーかしら。あれはとってもヘルシーよね。それに、ユズ? あれも良かったわ。あらぁ、どうしましょ」


 売り込みのチャンス到来ね。


 一人であれこれ悩む時間が長くなればなるほど、後になってその選択が本当に正しかったのか不安になる。ここで適切なアドバイスができれば、お客様満足度も高くなるってもんよ。


 何を選んだかじゃない、どう選んだかが重要。

 どの選択肢も正解に決まっているもの。ウチで不味まずいものなんて出さないわ。


「先日、焙じ茶の新しい銘柄を入荷しましたの。力強い風味があって、マギーに気に入っていただけるんじゃないかと。柚子ゆずシトラスのジャムとも相性ピッタリですよ」

「あら、そう? じゃあそれにしましょ」


 クリームティーは紅茶とスコーン、それにクロテッドクリームとジャムを添えたもので、アフタヌーンティーの簡易版みたいなものね。ウチでは飲み物とジャムのバラエティが自慢よ。


 スコーンのお作法は、まずナイフで上下半分に切り分け、その切り口にジャムとクリームをたっぷり塗る。


 ダニエルはナイフの先でジャムを塗り付けると、向かいの席をチラッと見て、頬肉をタプタプさせながら「Oh, dear...」とつぶやいた。


 その瞬間、私の頭の中ではゴングが鳴り響く。


 ――さあ、始まりました! 毎週恒例の熱いバトル。本日も実況は、わたくしミカゲが務めてまいります。


 先手を取りましたのは、赤コーナー! スコーンといったらイチゴジャム、お茶といったら紅茶でしょ。ザ・王道を行く、ダァアーニエェーーール!


「キミはどうしてそう、邪道なことをするのかね? いいかい、スコーンは我が国の伝統的な食文化だ。サンデーローストにグレービーをかけるのと同様、スコーンにはスコーンの正しい食べ方というものがある」


 正統派を愛する頑固一徹。その情熱は次第にエスカレートして、ジャスチャーも大きくなっています。頼むから、ナイフの先に付いたジャムをそこらに飛ばさないでほしい!


 さあ、ここから反撃が来るぞ。

 黄コーナー! 古き良き伝統には縛られない、なんか体に良さそうと思ったら根拠もなしに食いついてみる冒険家、マァアーギイィーーー!


「おお、嫌だ。この人ったら、頭の中蜘蛛の巣だらけよ。正しいなんて、誰が決めたの? ウチは祖母の代からこうですからね!」


 まあ、日本人が寿司の食べ方にこだわるのと似たようなもんよ。

 それぞれの好きなように食べればいいのに、なんでいちいち揉めるかな。美味しくいただくのが最高のマナーよ。


 ちなみに『Oh, dear』の意味は「ああ、愛しの君よ」とかではなくて「やれやれ、まったく」ってとこだからね。


「ねえ、ミカゲ! キミもそう思うだろ?」

「えっ!?」


 ごめん、魔界と交信していて聞いてなかったわ。


 まあ、あれでしょ。ジャムが先かクリームが先か問題よね。ぶっちゃけ、どっちでも良くない?


「ちょっと、やめなさいよ。ミカゲを巻き込んだらかわいそうじゃない」


 助かった……。ありがとうマギー、我が友よ。


「彼女は先進的な日本人よ。私と同意見に決まってるわ。ねえ、ミカゲ」


 前言撤回。


 左半分にクリーム、右半分にジャムを塗ったら如何かしら? と言いたいところだけど、火に油を注ぐようなもんよね。


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