第3話 好きなもの

 高校も新学期を迎え、明くる日。

 教室にはいると、すでに到着していた夏美。隣の席らしい。

「調子はどうだ?」

「えへへ。昨日も小説一つ書き終えたよ」

 その目の下にはクマができている。

 きっと徹夜で仕上げたのだろう。

 でもそこまでして楽しいものかね?

「少しは休みなよ」

「いいの。書ける時に書くんだから」

 楽しそうに会話をする夏美と話していると、こっちも嬉しくなる。

「それで、今回はどんな話にしたんだい?」

 夏美と会話をしていると、ほんとに楽しそうに話すのだ。

 よほど小説を書くのが好きなのだろう。

 その気持ちが痛いほど伝わってきた。

 それなのに、どうしてプロになれないのだろう。

 楽しく、しかもたくさんの数を書いているのに、未だにどの賞もとれていない。

 応募していないわけでもなく、12ヶ月ある内の15ある新人賞、そのどれにも応募している。

 未だにアイディアが溢れており、長編・短編も合わせると年20作品くらいの作品を書いている。それでもプロになれないのは、やはりそれだけ狭き門という証拠か。

 あるいは、夏美の文字が下手すぎて成長できていないのか。もしくはその両方か。

 それにしたって、ここ三年でうまくなっている気配は感じている。

「どうしてプロになれないんだろうね?」

 夏美がそう問いかけてくる。

 そんなの僕にも分からないよ。

 僕は神様じゃないし。

「でも頑張っていれば、いつか報われるんじゃない?」

 無責任な事を言っている自覚はある。でも、それくらいしか言葉にできない。

「うん、そうだね。きっとね」

 ああ。ダメだ。夏美は空元気で応えている。

「でも楽しんで書けるのは利点じゃない?」

 僕は慌ててフォローしようとするが、時すでに遅し。

 夏美の顔が曇っていた。

 彼女のそんな姿見たくなかった。

 でもそうさせたのは間違いなく、僕なのだ。

「最近、書きすぎていたせいか、何が楽しいのか、何が面白いのか、分からなくなってきたの」

 さっき言ったことの真逆じゃん。

 だからこそ、落ち込んでいたのか。

 追い打ちをかけてしまったらしい。

 後悔しても、一度発した言葉が戻ることはない。

「だから、今度こそは楽しい作品を書けると思ったけど、でもやっぱり無理みたい」

「じゃあ、なんで書くの?」

 僕の問いに、ふと考えだす夏美。

「なんでだろうね? 毎日、食事をするのと一緒。それを褒められても、けなされてもおかしい話としか」

 そうか。夏美は息をするように作品を描いているのだ。その世界に足を踏み入れたことがないから分からないけど。

 でも彼女にとってはそれくらい当たり前で、大事なことになっているのだ。

 だからまだ書いている。面白いか、楽しいのか分からなくなっても。

 それでも書くのは彼女が本当に小説を愛しているから。小説を好きでいるから。

 ここまでくるといっそない方がいいのかもしれない。それでも書き続けるのは彼女が本当に好きなことを見つけられたから。

「すごいな。夏美は」

「すごくないよ。こんなの誰でもできる」

 小説のことを言っているのだろうか?

「違うよ。僕が言いたいのはそこまで好きになれるものと出会えたことに、だよ」

「出会えた?」

 疑問を浮かべる夏美に対し、こくりと頷く僕。

 なんで疑問なのか、どうして僕を見つめているのか。

 応えは簡単だ。

 僕が好きなものを見つけていないからだ。

 これなら、この人なら。

 そういった好きになることを見いだせていないからだ。

 好きな物も好きな者もいない。

 僕はどこまでも一人なのだ。

 だから決して好きになれない。少なくとも今の僕は。

 そんな僕だから両親についてこい、と言われたのかもしれない。

 仕事を教える。他にやりたいことがないから、だからついてこいと言ったのだ。

 冬乃は家事と勉学。波瑠はイラストと動物の知識。そして夏美は小説とコスプレ。

 みんな好きなものがあり、それを必死にこなしている。

 でも、僕は違う。

 必死になれるものがない。

 いつも人の空気を読んで、それに合わせて行動している。

 発信者になることはなく、いつも人づてに会話をしている。

 面白くもない会話についていく。そのためにテレビを見て、芸人や芸能人の顔や性格を覚えて。

 それで?

 それでなんになるのだろう。

 その先にあるものはなんだろう。

 好きでもない芸能人を追いかけて、芸を見て。それでも、僕は友達と一緒にいて楽しいのかな?

 分からない。

 でも今目の前にいる彼女は楽しそうに小説の話をしている。

 ここがギミックになっていて、ここが伏線。実は大統領が宇宙人だった。敵対する者同士がわかり合うために……。

 わざと可愛いという言葉を使わずに、だからこの子が高嶺の花止まりなのだ、と。

 詳しく語っている彼女は輝いて見えた。

 好きがある、っていいことじゃない。

 それを分かっているけど、僕はまだ見つけていない。

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