最後の演奏会
ここは、コンサートホールの舞台袖。
観客の緊張感がここまで伝わってくる。
「一緒に頑張ろう、友樹くん」
「もちろんです。先輩」
バイオリンを持って、落ち着いた紺色のドレスに身を包んだ彩加先輩の声かけに俺は頷いた。
今まで色々なことがあったが、これは俺たちの集大成となる演奏会――絶対に、成功させるんだ。
「……行こう」
彩加先輩はそう呟くと静かに舞台へと歩いていく。……そして、その背中を見つめていた俺もゆっくりと歩き出した。
客席を見ると、見知った顔ぶれがあった。彩加先輩との最後の演奏会に、ちゃんと来てくれたらしい……なんだか嬉しいな。
俺はピアノの前まで向かうと、楽譜を置いて椅子に座る。
それから隣にいる彩加先輩をちらりと見ると目が合ってお互いに笑いあった。さあ、ここからだ。
すぅーっと息を吸って……ふっ、と吐いてから鍵盤の上に置いた指に全神経を集中させ、沈めていく――。
すると、いきなり地盤が沈下した。沈むのは鍵盤だけでいいのに!
人々は慌てて地下深くに避難した。しかしそこは地獄だった。地下深くだというのにもかかわらず空気は薄くなり、太陽の代わりに光り輝く鉱物が現れて辺り一面は照らされていた。だがそれは地球の表面だけの話である。地下に降りた人間たちは食料も水も無くただ生きることだけを目的に生きていた。そんな中一人の男が口を開いた。男の名前はゼウスといった。
「皆んな地上に戻りたいだろう?今私がその力を与えてやるよ!ただしこの力を扱えるのは私だけだ!選ばれたもののみ使える力、それこそがこの力でね!」
男はそう言うとその手に雷をまとった剣を持ち掲げた。
すると、なぜか彩加先輩のバイオリンから雷が放たれ――轟音が鳴り響き大地は揺れ、空には暗雲が立ち込め一筋の光が差し込んだ――。
その一筋の光から神々しく現れたのは、一匹のチワワであった。
「ワンッ!!」
『おおぉ!!』会場中が大きな歓声に包まれた――機を逃さんと、俺はピアノを弾く。打ち合わせもなく、彩加先輩もそれに乗って――俺たちの最後の演奏が始まった。
曲はラフマニノフ作曲【ヴォカリーズ】。この曲は元々独唱曲として作られたものだそうだが、今では多くの編曲版が存在し、俺たちが演奏しているのはピアノ伴奏によるバイオリン及びチワワのための編曲である。
原曲では歌を歌うように弾くのだが今回の場合は犬なので音階に合わせて弦を弾いているに過ぎないのだ……。それでもこんなに美しい演奏になるなんて流石は天才と謳われる彩加先輩と言ったところだろうか……。
演奏を終えると大きな拍手が起こった。いやこれスタンディングオベーションじゃないですか!?しかもみんな泣いてますし……。
そんな感動的な場面の中で、天から舞い降りたチワワはというと何食わぬ顔で彩加先輩の元へと駆け寄り、彼女の足に体を擦り付けた後に再び天へと還っていったのだった――。
………………こうして無事に演奏会を終えて、お客さんの熱狂冷めぬまま幕を閉じた次の日のことだった。
朝起きてみるとテレビをつければ昨日の演奏会についてニュースが流れており、ネットを調べても話題沸騰中であるようだ。
そして案の定と言って良いのか分からないけれど、動画サイトにもあの時の映像がアップされておりそれがまた凄まじい再生数を叩き出しているらしい。
だがそれだけに留まらず、どうもインターネットを通じて様々なメディアに取り上げられたらしく、ついには日本だけではなく世界にまで拡散されてしまったそうな……マジかよ。
その元凶であり、今ではなぜか俺の部屋に居ついている謎の男ゼウスは、満足気に鼻の穴を広げながら我が物顔で寝そべっている。
「私は遂にやったぞ!!まさかここまで上手くいくとはなぁ!やはり私が見込んだ通りの人材であったことが証明されたわけだ」
そう言って嬉々とした様子を見せるゼウスであったが、それよりも大変なことがこの後起こるのだった……。
彩加先輩が、目を輝かせてこちらに詰め寄ってきた。
「友樹くん!君は最高だよ、本当にありがとう……これで私たちも晴れて神様の仲間入りさ!あ、これからよろしくね!」
そうして俺は彩加先輩の手によって強引に連れ出された先は……神界であった――。
目の前に広がっている光景を見て言葉を失う。これが夢でないならばここが天国であることはほぼ間違いないはずなのだが……しかし、明らかに現実離れしているようなこの風景……。まあこれは別にいいとしよう……。しかし次に目に入った光景に絶句した。
なんとそこにはあの時演奏会にいたチワワが100億頭以上もいたのだから――。……えぇ?どういうことだ……? 理解できない状況に頭がついていかない……!
「ワンワンワンワンワンワン!!!」(訳:早く神になりたい者は私の所へこい)
どこからともなく聞こえてくる声に耳を傾ける。一体何を言っているのだろうか……。しかし、彩加先輩はしっかりと聞き取ったようで迷わずに歩いていった――そうして暫くすると彼女は一頭のチワワを連れて帰ってきた。
そのチワワは他の個体と違い少し毛並みがよく、一目見て上位種の個体だとわかるほどオーラを放っていた。
「さあ行くわよ!」
彼女がそういうと瞬く間にその場の風景が変化していき……気づけば周りには誰もいなかった。それからどれくらい経った頃だろうか……ついにその時が訪れた――。
体が発光し始めたのである。次第に眩しさが増していくと共にどんどん意識も薄れていった……。
バイオリンの音色が聞こえる。心地よい調べが眠っていた意識を覚醒させてくれる――そしてようやく目が覚めた。
「あ、友樹くん。やっと起きたね。おはよう!」
「彩加先輩……?」
どうやら俺は彩加先輩の部屋にいるらしい。そして、あの時の上位チワワもしっかりそばに存在していることから今見ていたのが夢ではなかったことも分かる。
ただ、あれはいったい何だったんだろうか――。
そんなことを考えていると、彩加先輩が突然立ち上がり俺の方を見た。
「そうだなー、早速だけど新しい仕事を始めてもらうことにするかな〜」
彩加先輩の言葉を聞いて思わず背筋を伸ばす。
「じゃあ、今日はこの部屋を綺麗にしてもらおうかしら。逆らったら雷を放つわ」
……はい? いやいや待ってくれ、ここは普通神様としての心得みたいなことを習うんじゃなかったのかよ!?いきなり掃除とかハードル高すぎませんかね!?
「はっはっは、安心してくれ、ちゃんと神様としての知識なら叩き込んでやるから」
なるほど、それならばまだマシというものだな。
そんなこんなで俺は彩加先輩からありがたく雷を頂戴し俺は死んだ。ついでにゼウスも死んだ。何でだ……。
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