新幹線の模型

「遥。何かあったの、窓の外をぼーっと見て。センチメンタル?」

休み時間。クラスメイトの歩美が、俺に話しかける。

「なんでもない。ただ……」

「ただ?」

「……歩美の頭に、新幹線の模型がついてたから、必死で目を逸らしてた」

「なんですって?!ちょっと待ってよ、外してみる!」

歩美は頭の上に手を伸ばす。しかし、新幹線の模型は増殖して彼女の頭を覆い尽くし、ついには教室中に広がる。俺は慌てて顔を背けた。

「あーっ!もう何コレ!」

歩美は半狂乱になって叫ぶと、新幹線の模型はシュポンッという音とともに消えた。歩美は髪を振り払いながら立ち上がる。その仕草も可愛らしいのだが……。

「なんで私の頭にそんなものがついてたのかしら?しかも消えちゃったわ!ねぇ遥、どうしてだか知ってる?」

「知らない……」

「じゃあ他に思い当たることは!?︎私、何か忘れてるかしら?ね、どう思う、遥?」

「さぁ……」

「そういえば最近、妙なことばかり起きる気がするんだけど、あなたまさか霊能力者じゃないでしょうね?」

彼女は身を乗り出して聞いてくる。目が怖い。勘弁してほしい。なぜ俺が疑われなくてはいけないんだ。それにおかしいのは新幹線の模型を頭にくっつけてた歩美のほうじゃないか。

「違うよ……それよりほら、次の理科の実験の準備でもしようぜ」

机の上に置いていた教科書を手に取って、話題を変えようとする。だがその時、後ろで誰かの声がした。

「うふふ。あの二人付き合ってるのかな?仲良いよね〜〜」

思わず振り向くと、別の女子グループが新幹線の模型を手に持って笑いあっていた。彼女たちだけではなかった。教室中のあちこちで同じ現象が起きていた。

「どういうことだよこれ……」

目の前で起きたことが信じられなくてつぶやく。これは夢だろうか?いや違う。朝起きた時に感じた違和感と同じだ。世界そのものが少しずつ壊れている。まるで新幹線の模型のように分裂していくようだ。

「ねぇ、遥。一体何が起こってると思う?」

歩美が心配そうな表情をして尋ねてくる。

「わからない」

答える言葉もなく俯いていると、廊下を走る足音が聞こえてきた。そしてドアが開くと同時に教師が現れる。息を切らせて言う。

「おい、大変だぞ!今職員室にいた先生方が次々と新幹線の模型に変えられてしまったんだ。他の学校の教師たちも次々に犠牲になっているらしくて、このままでは大変なことになるぞ!」

授業どころではなく、学校は大騒ぎになった。

生徒の一人がスマートフォンで撮影したという動画を見ると、そこには教室の中に次々と現れる新幹線の模型の姿があった。窓から見える景色の中だけでも無数の車両が見える。

その時、歩美の手が光る。

「え?」

次の瞬間には、彼女の手に新しい新幹線の模型が現れていた。彼女はそれを窓に向かって投げる。するとそれは窓を突き抜けていき、校庭にまで落ちた。それを見た生徒たちは恐怖で震え上がる。

放課後になっても事態は何一つ解決しなかった。むしろ混乱の度合いが増していくばかりだった。この分だと家に帰ったところで同じだろう。どこへ行っても同じ目に遭うかもしれない。

俺たちはしばらく教室に留まっていた。新幹線の模型は今も現れ続けているからだ。

いつまでこんな状況が続くのか見当もつかない。しかし、いつまでもこうしてはいられないことも確かだった。

「とりあえず外に出よう。ここにいても何も始まらないよ。な?」

「……うん」

歩美は静かに返事をする。俺は彼女の手を引いて一緒に教室を出た。

その途端、ドタドタッという物音と共にたくさんの新幹線の模型たちがこちらに迫って来るのが見えた。俺たちは立ちすくむ。

「走れ!」

俺は叫ぶ。歩美の手を引っ張って走り出す。とにかく今は逃げるしかない。階段を駆け下りる途中で、背後から激しい衝突音をいくつも聞いたような気がしたが、振り返らずに一心不乱に走った。どこまでも。

下校する生徒たちの流れに逆らって校舎裏に向かうと、大きな木を見つけた。そこに身を隠してやり過ごそうと考えたのだ。

だが、そこで意外なものを見ることになった。なんと巨大な新幹線の模型の群れが飛んでいたのだ。それも二百台近くいる。

「どういうことだ?なぜあんなものが空を飛んでいるんだよ……」

愕然としている間にも、新品の車両たちはゆっくりと高度を下げて迫ってくる。やがてそのうちの数体が地面に近づくと、地面に激突して粉々になった。それでもまだ飛び続け、周囲にあるもの全てを破壊しながら、やがて空の彼方へと消えていった。

「いったいどうなってるんだよ……」

俺は目の前の出来事を受け止めきれないでいる。すると、さっき歩美の手が光ったときのように、俺の手も光りはじめた。

「なんだ?今度は何をするつもりだよ?」

自分の手を握りしめながら、もう片方の手で頭を押さえる。するとまた不思議なことが起こった。

新幹線の模型たちの軌道がぼんやりと見え始めたのだ。その様子から考えると、彼らはどこかを目指しているようだ。

「まさか、あっちに行けばこの状況の原因がわかるのか?」

迷っている暇はなかった。俺はまだ呆然として立っている歩美を急かすようにして走る。

「早く行こう、こっちだ」

先ほどまではただ怖くてたまらなったはずなのに、今では奇妙な使命感のようなものが生まれていた。

「ねぇ遥……」

隣を走る彼女が話しかけてくる。

「さっきのあれ、何だったんだろうね?私にもわかったのよ」

「俺も同じだ」

どうやら彼女もこの異常事態の中で何かに気付いたらしい。

「きっと私たちは同じ場所を目指して走っているんじゃないかな?」

「多分な」

俺は答えつつ、前方を見る。もうすぐそこまで新幹線の模型が迫っているところだった。二人は最後の力を振り絞るように、猛スピードで突き進む。

だが、あと一歩遅かった。

「危ない!」

思わず叫んで彼女を抱きしめる。次の瞬間、俺たちがいた場所に新幹線の模型が墜落した。辺りに破片が散らばるが、運良く助かったみたいだった。

そして腕の中にはしっかりと温もりがある。ホッとすると同時に顔が熱くなるのを感じた。

「…………」

彼女は黙って抱き合っている。

その時になってはじめて周囲が静かなことに気づいた。いつの間にか新幹線の模型の数がずいぶん減っていた。どうやら目的地に到着したらしい。

俺と歩美は顔を見合わせ、同時にうなずく。そして二人でゆっくり立ち上がる。

俺たちは静かに歩みを進めた。すると、前方に駅舎のようなものが見える。それは宙に浮かんでいた。

近づいてみると、その看板の表面には大きく『東京駅』と書かれている。その下に小さく文字が書かれていて、読みにくい。

「NR東京中央管理局?」

歩美が看板の文字を読み上げる。

「どうしてこんなところに?」

「わからないけど、何か関係があるんじゃない?」

「とりあえず入ろう。こんなところでモタついてたら危険すぎる」

いつまたあの模型たちが現れるのか分からないからだ。俺たちは意を決して中に入った。自動改札のような機械を通り抜けようとしたが、あいにく切符を持っていないので弾かれた。

仕方がないので、俺たちは強引に改札口を通ることにした。その時、背後から新幹線の模型が現れて、扉に向かって突進していくのが見えたが、なんか知らんが助かった。

駅の内部は想像していたよりきれいだった。駅の構内には駅員さんまでいる。しかし誰もが新幹線の模型になっていた。

俺と歩美はゆっくりと歩き続ける。途中、売店などが並んでいる一角があったが、やはりどの店にも人はおらず、全ての商品が新幹線の模型と化して床に落ちている。

「これって……」

俺はあることに思い当たる。

「何? 遥、心当たりがあるの?」

「この前読んだ漫画にあった話とそっくりだ」

そう。たしか主人公がヒロインとともに電車に乗って、異世界を旅して回り、最後には元の世界に戻ってくるという話。主人公は途中で立ち寄った駅で、そこを治める王様に頼まれて大仕事をすることになる。でも結局はその仕事に失敗してしまい……。

「ということは、ここってやっぱり……」

「ああ間違いないだろうな。きっとここは……」

「そうだよね、私たちがいるべき世界じゃないもんね……」

二人はそう言い合って足を止める。今まさに二人が歩いているのが、主人公とヒロインが乗るはずだった『のぞみ219号』の乗り場の前だった。

だが、今はそこには誰もいないし、何も起こっていない。まるで全てが夢であったかのように静まり返っている。ただ、新幹線の模型の破片が散らばっているだけだ。まるで俺たちの心のように……

「とにかく、ここにいてもしょうがない。他の出口を探しにいこう」

俺は歩美に声をかけるとその場を後にした。

その後も俺たちは無我夢中で走った。だが、いくら走ってもどこまで行っても同じ光景が続いているだけだった。

ついに走り疲れて立ち止まる。そこに、新幹線の模型が飛来して地面に激突する。それを横目で見ながら膝に手をつく。

「ハァッ、ハアッ……」

呼吸を整えながらあたりを見回す。どこを見てもそれは同じだ。

「いったいどうなってるんだ?」

思わずつぶやく。

「まさかループしている?」

後ろから声が聞こえる。見ると歩美が立っていた。

「えっ?」

驚いて聞き返す。

「だから、もしかしたら私たちはさっきと同じ場所、同じ時間に戻されているんじゃないかな?」

「そんなバカなこと……」

否定しようとすると、再び新幹線の模型が現れた。そしてこちらに向かって飛んでくる。

このままだと直撃だ!

「くそぉー!」

叫んで、俺はその方向めがけて突っ込む。何とか間に合い、彼女を力いっぱい抱きしめ、体を丸めて盾になる。

そのまましばらくじっとしていた。

やがて、新幹線の模型が二人を避けていくのを確認する。どうやら間一髪で避けきれたようだった。

「よかった……」思わず安堵の声が出る。

そしてゆっくり体を起こした時、俺はあることに気づく。

そう、自分の顔が歩美の胸に押し付けられていたのだ。

慌てて離れようとするが、体が動かない。

「あ、あのさぁ歩美さん」

できるだけ冷静な口調で言う。だが心臓の鼓動は高まる一方だった。

「な、何?」

歩美が答える。

「いや、もういいんだけど、ちょっと苦しいというか」

「あっ!」

歩美は顔を赤く染めると、すぐに俺から離れる。

「ご、ゴメン、私ったらつい……」

そして恥ずかしそうにうつむいたまま言うのだった。

「本当に迷惑かけてばかりで申し訳ないわ……」

「ま、気にすんなって」

俺は明るく笑うと、彼女の肩をポンっと叩く。

しかし、それが何かの引き金だったらしい。

「な、何!?」

突如大きな地震が襲ってくる。

立っていることもできないくらい大きく地面が揺れる。さらに天井からは細かい新幹線の模型が落ちてきて、二人の頭上に降り注ぐ。

「危ない!!」

俺は叫びつつ、歩美を庇うようにして突き飛ばす。すると、彼女が元居た場所に巨大な新幹線の模型が落下してきた。それは床に大きな亀裂を生み、俺たちを突き落とした。

「キャアアーー!?」

「歩美ー!!!」

悲鳴を上げながら落ちて行く中、俺は最後の気力を絞って手を伸ばすが、それも虚しく空を掴むばかりだった。

*

***

ドササッ!! という音とともに俺たちは床の上に投げ出される。一瞬だけ意識を失っていたようだ。

「いてててて」

俺は頭を摩りながら起き上がる。そこはホームの上のようで、下には『のぞみ219号』と書いてあった。

やはり俺たちは再び戻って来たのか? それともこれは悪夢なのか……。

呆然としていたその時、突然また激しい振動が伝わってくる。同時に、背後に異様な気配を感じた。振り向くとそこには、全身が新幹線の模型で覆われた人型の影が立っていた。

「だ、誰だお前??」

思わず叫ぶ。だが、それに答えるように、影はゆっくりと口を開いた。

「私は……歩美」

「歩美……だと……!?」

そう言った瞬間、『のぞみ219号』が轟音を響かせながら動き出した。その姿は徐々に変形していき、俺たちに向き直って停止する。

俺たちを見下ろすような形で静止した『のぞみ219号』を見て、俺は直感的に悟ってしまった。

これこそがこの騒動の元凶だ。そしてこの新幹線が俺たちを追いかけてきたものの正体なんだと……。

「どういうことだよ、どうしてこんなことに……?」

俺は震える声で尋ねる。だが、それを遮るようにして歩美の声が聞こえた。

「遥が、あんなことを言ったから。新幹線の模型が頭についてるって、適当なことを言ったから」

「そんな……」

そう、全ては俺のよく分からない言動のせいだったのだ。

新幹線の模型に覆われた歩美を、俺は確かに見た。あれは間違いなく彼女だ。ということは、俺があの時口にしたことが今回の出来事を引き起こしたことになる。

「なんてこった……」

頭が混乱して何も考えられない。ただ分かることは、今のこの状況が最悪だということだけだ。

どうすればいいんだ? 一体俺はどうしたら……

その時、俺の足元に何か転がっているのが見えた。俺はそれを拾い上げる。

「これって……」

それは新幹線の模型だった。手に取ってまじまじ見つめると、その途端、なぜか急にある考えが浮かぶ。

「そっか、そういうことだったのか!」

はっと目を見開くと、俺は素早くその場から逃げ出した。そして走り出すと同時に叫んだ。

「歩美!聞こえるか、今すぐそこから離れるんだ!!」

彼女は一瞬ビクッとして辺りを見回していたが、すぐに察してくれたらしく、線路沿いを走り始めた。

どうやら今度は俺の言葉を信じてくれたようだった。

これで、きっと何とかなるはずだ。きっと……。

***

「起きて。起きてよ遥。もう帰ろう? みんな帰ってるよ?」

隣にいる歩美が俺を揺する。周りを見渡すと、見慣れた教室の中だった。窓から西日が差し込んでいる。

「あぁ……」

俺は目を擦りながら立ち上がる。机の上を見るとノートが開いたままになっていた。

そうか、勉強の途中で眠ってしまっていたらしい。

俺は伸びをして大きく欠伸をする。ああ、あれは夢だったのか。

そりゃあそうだ、新幹線の模型が追いかけてくるはずがない。ぼんやりと考えながら鞄を肩にかける。

「なーにボーっとしてんのさ、早く行こう」

いつの間にか教室の外に出ていたらしい。歩美がこちらを見ながら笑っていた。

「おぉ悪い、行くか……って歩美」

彼女の方を見たその時、違和感を覚える。

「どうしたの?」

「頭に、新幹線の模型がくっついてる」

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