物理的な


 早乙女の話が終わり先程のように質問や話し合いが始まるかと思えば一同微動だにせず、動き出したかと思えば顔を見合わせる。

 私もその例に漏れず周囲の様子を窺うばかりで、早乙女への質問を決めかねていた。

 それも仕方がないだろう。不意打ちをされたのだ。

 前置きと言い、赤い服の女と言い、霊的な恐怖のまま終わると思うだろう。

 殺人を犯した生きた人が潜伏していたという物理的な恐怖は全くの予想外だった。

 最早、何処で恐怖を感じれば良いのかわかったものではない。

 橘も戸惑いを隠せないようで合いの手が碌に入れられていなかったのは、怪我の功名、棚から牡丹餅、災い転じて福となす、だろう。

 ただ、先程から何とも言えぬ気不味さが、所在のわからない違和感があるのは、福より災いがやや強かった、と言った所か。


「で。赤い女は何だったの?」


 ききりとした声。

 居心地の悪い静寂を破ったのは、私から右へ二つ。

 茶髪の男の隣に座る少女だった。

 そういえば彼女の家は不思議な現象が多いのか、柏木の話に対してあれぐらい・・・・・と言っていた。

 ならば、早乙女の話についてもある程度は許容範囲なのだろう。

 いずれにしても、彼女が人並み外れて肝が据わっているのは間違いない。


「わからない。だから不思議なんだ」


「……じゃあ、お風呂からの呼び出しは、まだあるのかしら?」


「ある。いつもの深夜や早朝の時間帯だが」


 どうやら赤い服の女は、人殺しが潜伏していたその日だけに時間帯を変えて呼び出したようだ。

 それは家に侵入した異物を住人に知らせたかったのだろう……いや、もしかすると赤い服の女は利用したのかもしれない。

 人殺しが選んだ潜伏先の日常的に起こる怪奇現象を。

 風呂に入ろうとした住人に。わたしを殺した男がいるぞ、と。

 早乙女が笑顔がよく見えたと言っていたが、磨りガラスなのだから明瞭には見えていないだろう。

 ならば彼女は怒っていたのかもしれない。

 何の根拠も無い勘だが。


「それにしてもよく無事だったねー」


「ああ。か、K子が来なかったら、あのまま鉢合わせしていたかもしれない」


 橘もここぞとばかりに話に加わる。

 橘と早乙女の間に座る細身の少年が、居心地が悪そうにわずかに身を捩った。

 確かに早乙女の彼女であるK子は、非常に良いタイミングで家に来ていた。

 彼女がいたからこそ、今の早乙女がいるのかもしれない。


「K子さんは、あなたが帰宅後、それから入浴中に、何故誰もあなたの家に出入りしていないと知っていた・・・・・のかしら?」


 それは……それは、確かに何故だ。

 違和感の理由がわかってしまった。ただ、これはあまりわかりたくなかった。

 早乙女の話は、赤い服の女と人殺しだけではなかったのか。

 K子。彼女はどうやって早乙女の家の中の状況を知ったのだろう。

 そういえば登場時に息を切らしていた。

 あれは遠くにいたからかそれとも……。

 私の思考に反して、早乙女の回答は非常にシンプルでいて、盲目的だった。


「ああ。彼女はすごいんだ」


「すごいだけでは出来ないこともあると思うのだけど?」


「ああ。だからかなりすごいんだ」


 早乙女の絶対に譲らない様子に根負けした形で会話が終えられ、次の話を急かすように再び中央に置かれるライト。

 それをすかさず手にしたのは、肝が据わっている少女。

 ライトを取るため前屈みなった際、長い髪を後ろで束ねているのが見えた。

 所謂ポニーテールである。

 橘隣に座る細身の少年が、わずかに伸ばしていた手を不承不承と引っ込める。

 

「その赤い女? のやつ、ワタシも父親にしたことあるよ! メッチャ怒鳴られた! 怖かったー!」


 これまで彼女が度胸があること以外特に印象がなかった。

 だが、ライトで照らされた端麗な顔立ち、凛とした表情に一瞬見惚れた。

 何を食べたらあのような惹き付ける顔になるのだろう。

 運動もしているに違いない。おそらくウォーキングにヨガだ。


「ちょ、みんな無反応?!」


 やはり、朝はスムージーなのだろうか。


「三人連続でお家の話をするのは、ちょっと聞き手に配慮が無いわね。だから、あたしは家の外であった話をするわ」


 そう言って、ポニーテールの少女がその口角を少し上げた。

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