恐怖の住処
「いや~何か親切? な時計だけど、最初は怖かったね」
「はい。最初が本当に怖かったんです。まあ、タネがわかれば、どうってことないというか……」
「いやいやいや、タネ、あった?」
橘の言葉を皮切りに、小声ながらも一同が一斉に話し出す。
「お前ん家なら、毎日だろ?」
「冗談。あれぐらいで怯えていたら、朝も越えられないわね」
「え、ちょっと待って。すっごい気になる発言来たんですけど」
私の右隣の少年のように隣同士で話し合っている者もいれば、
「それから、その時計はどうしたんだ?」
「そのまま水槽の横に。今でも餌やりを忘れると、あの時計が鳴ります。餌忘れたこと教えてくれるのはありがたいんですけど、電源押さないといけないような、エアコンとか、空気清浄機とかはアラームを止めてから点け直さないといけないんです。これが地味に面倒で……」
「喉元過ぎれば熱さなんとやらってこと〜? 一番恐ろしいのは超常現象を利用しておいて不満を言うこの女かも知れませんね。はい」
私と対面側に座る大柄の少年のように、話をした少女に質問をしている者もいる。
私も訊きたいことの一つや二つ持ち合わせているのだが、少女の話とは関係のない所なのが悩ましい。
簡潔に述べるならば、所々に入る橘と思われる合いの手、が気になっていた。
今も
気にしていないのか誰も止める者はいなかったのだが、アレは何とも気が散る。
特にアラームを鳴らしていた時計に電池が入っていなかった所。
何が「……新エネルギーやん」だ。
不覚にも吹き出しそうになったじゃないか。
話を聞いた限り、この集まりは怖い話をすることを趣旨とみていい。
なら、その大詰めでのアレはどうなのだろうか。
だが、飛び入りの私が言及するのも角が立つと思われる。
ここはもう少し様子を見てみよう。
「ふーん。じゃあ、今日の餌やりはしてきたんだよね?」
「え? あ」
「え?」
「え?」
何とも言えない空気が流れた所で、眼鏡の少女がライトを輪の中央へと戻す。
それを即座にスッと取っていったのは、先程眼鏡の少女に質問をしていた大柄の少年。
自らの前の床にライトを置き、その仏頂面が闇の中から浮かび上がる。
髪は短く切り揃えられ丸刈りだ。スポーツ系の部活に入っているのだろう。
この集会がバレたらマズイのは私ももちろんだが、規則に厳しい部活なら、退部やスタメンから外されることもありそうだ。
それなのになぜ彼が参加することになったのか、カズ先のことを含めてこの集会の謎が深まっていく。
「三年の早乙女だ。柏木の話とすこし似た話をしようと」
「名前は言わないで下さい。決まりなんで」
「すまん。わかった」
そういえば自己紹介をしていなかったと思っていたが、そういう決まりのようだ。
学校に夜忍び込むという明らかに褒められたことをしていないのだから、当然と言えば当然なのかも知れない。
だがそれでも事前に注意がされていない点を不親切だと思わなくもない。
現に先程話をした眼鏡の少女が柏木で、これから話す少年が早乙女だとわかってしまった。
折角の素敵な秘密の集会だ。来年も行われるかはわからないし、その時に私がいるかもわからないが、次までに改善されることを切に願う。
早乙女は柏木に短く謝罪を述べると、軽く咳払いをして、場を仕切り直した。
「恐怖。それは、何処から来るものだろう。そう思ったことはないだろうか。暗闇、不吉な時間、不運な出来事、一人の寂しさ、そう言った様々な要素が重なり合い理解の外となった時、人は落ち着きを失い、恐怖に囚われる。肥大化した恐怖は理性をいとも簡単に失わせ、囚えた人にありもしないものを見せる。ありもしない声を、聞かせる。そう言った場合、意思に反した考えが繰り返し浮かび、一人で抜け出すのは容易ではない。だが、一度抜け出してしまえば、何でもない見間違え、何でもない聞き間違えということが多くあると思う。なぜならその見せられたもの、聞かせられたものは、その人自らが作り出したからだ。恐怖は、己が内の未知にある。それを念頭に、この話を聞いてほしい」
それが、早乙女の話の出だしだった。
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