警報


 これは、去年の三月くらいでした。わたしは生き物が好きで、家で金魚を飼っているんですけど、よく餌をあげるのを忘れて、死なせちゃうことが多くて……。


「開幕鬼畜」


 その日も、前日に死んじゃっていた金魚を処分したことも忘れて、眠りについたんです。


「処分て」


 沈んでいた意識がふっと戻って、目が覚めました。

 時計も見ていないので正確な時間はわからなかったんですけど、部屋の中は真っ暗で、深夜ってくらいはわかりました。

 お父さんもお母さんも眠っているようで、聞こえているのは、廊下の空気清浄機の稼働音と枕元の目覚まし時計の針の音だけ。

 なんで起きたかはさっぱりでしたし、まだ起きる気にもなれませんでしたから、もう一度眠ろう、そう思って、また目を閉じました。

 そしたら、そしたらですね。別の部屋から聞こえてきたんですよ。

 目覚まし時計のアラームが。電子音でピピピ、ピピピって。

 でも、目覚ましが変な時間に鳴ることなんて、あるにはあるじゃないですか。

 だからわたしも、放っておいたらお父さんかお母さんが自分で止めるかなって、あんまり気にしていなかったんです。

 じっと瞼を閉じて、意識が再び沈んでくれるのを待つ。

 その間にも、目覚まし時計はピピピ、ピピピと鳴り続けています。

 居心地が悪くなって寝返りを打っても、布団の中に潜っても、枕で耳を塞いでも。

 ずっと、ピピピ、ピピピって、規則的な音が小さくならないどころか、大きくなっている気さえしてくる。

 それなのに、誰もそれを止めません。

 あんなに大きな音で鳴っているのに、誰も。

 わたししか、起きていないように。

 家の中の音が、あのアラームだけになったみたいに。

 そう感じて、わたしは、フッと枕元の目覚ましを見ました……。

 さっき部屋の中が真っ暗って言いましたけど、窓はありますし、外には月や街灯もありますから、なにも見えないって訳じゃないんですよ。

 だからうっすらと見えた目覚まし時計、そのプラスチック製の白い針が、電池が切れたように、三時手前を指したまま止まっていました。

 そんなはずはない。あの目覚まし時計が止まるはずがないんです。

 だって、あれは二日前に新しく買って、電池も新しく入れたものなんです。

 一日前は問題なく動いていましたし、なんならついさっきも針が動いている音が聞こえていました。

 それが今、止まっている。それに、それにですね。なんでか聞こえないんですよ。

 空気清浄機の音が。コンセントに挿してある家電が、急に止まることって、あります?

 コンセントに半端に挿していたならあるかもしれませんけど、わたしのお父さんはそのヘン厳しくて。

 埃を被っていたり、半端に挿してあるならすぐに気付きますから、今までそう言ったことなんてなかったんです。

 それがもしあったとしても、時計と一緒で、さっきまでは聞こえていました。

 さっきまで動いていた二つが突然同時に止まる。

 偶然にしては、タチが悪いと思いませんか?

 でもそれがあった。止まって、しまった。そしたら、気が付いた。

 あのアラームは呼んでいるんだって。

 なんで誰も止めないのかって思っていましたけど、止められる人がここにいます。

 わたし。起きてる人が、あのアラームを聞いてる人が、わたしが、いる。

 背筋が凍るってああいうことを言うんでしょうね。もうビタッと動けなくなりました。

 家の中に知らない誰かがいるような気がして、お布団で必死に自分を隠して、息を潜めていました。

 その間もずっとアラームの音が、ピピピ、ピピピと呼んでいます。

 このままじゃ埒が明きません。アラームも聞いてる内に妙な聞き覚えと、それに伴った嫌な予感がし始めました。

 わたしは思い切って起き、手探りで眼鏡を掛けて、バドミントンのラケット掴んで。

 一瞬でも躊躇ってしまえば、廊下への扉が開けられないと思って、勢いでドアノブを捻り、廊下に出ました。

 廊下の空気清浄機は、コンセントに繋がったままで電源を落とされていました。

 電源を点けようとしましたけど、うんともすんとも言いませんでした。

 それで肝心のアラームですけど……階段の下、一階から聞こえてきていました。

 階段の電気も点きませんでしたから、ゆっくり階段を下りて、玄関の靴置きの横。

 棚の上に、金魚の水槽と一緒に置いてあるピンク色のプラスチック製の時計。

 わたしが二日前まで毎日使っていた目覚まし時計。

 それが秒針を行ったり来たりとさせながら、アラームを鳴らしていました。

 時計へ伸ばした腕にあった、ひどい鳥肌の感覚を今でも憶えています。

 手に取った時計を裏返す。嫌な予感が当たってしまいました。

 電池なしで、鳴っていたんです。


「……新エネルギーやん」


 もう怖くなって、アラームのスイッチを横へとずらし、オフにしました。

 ピッって余韻を残して、アラームが止まる。

 やっと終わった思い、また自分の部屋に戻ろうと階段に足を掛けピピピ! ピピピ! また鳴りだしました。

 裏側を確認しても、アラームの設定はオフのままで鳴っています。

 おちょくるようなアラームにさすがにうんざりしまして、アラームを止めることだけに思考がいくと、段々と怖さも薄れました。

 時計への集中が切れると、側に置いてある金魚の餌が、目に入ります。

 そういえば、餌あげ忘れていたなあって、時計はどうにも止まらないので一旦無視して、水槽の上蓋開けて、よく見えないので量も考えず餌を撒く。

 そしたらピタッとアラームが止まったので、わたしは部屋に戻って、眠りにつきました。

 わたしの話は、これで終わりです。

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