第四十二話 ハナ…過去を知る人2
いよいよ私と美玲ちゃんがセンターで歌う新曲ができた。レコーディングはいつものスタジオ。
まずは今日、美玲ちゃんと私だけ。他の二人はそれぞれ仕事が入っている。
いつもとは違う空気。ここ最近そういった場面が多いんだけど。大野ちゃんの顔つきも違う。スタッフもソワソワしている。
プロデューサーのタッキーが
「今日はレコード会社の方も見えている。だけど緊張しないで普段通りにね」
私たちはご当地アイドルとしてインディーズレーベルからCDを出している。なんと今回から大手レコード会社の子会社から出すことが決まったのだ。タッキーの横には大野ちゃん。そしてレコード会社の何人か。お偉いさん……だよな、見た感じ。
実はここしばらく、タッキーは私たちのプロデュース業から一旦離れ大野ちゃんに任せている間に東京に売り込みに行ったり全国区のアイドルのライブを見に行ったりしていたのだ。いろいろ吸収していろんな会社の人と話してきたんだとか。
昔はADさんだったのに今じゃ洒落たプロデューサーみたいにおしゃれ髭を生やしている。
「うちのレコード会社からアイドル部門のレーベルができて、他にも数グループ出しているんだ。まぁそこそこな売り上げだが今人気売り出し中の清流ガールズが移籍って事で少し業界内でも注目が集まっている」
アイドルなんて日本の中でもたくさんいる。その中から生き残るのはほんの一握りとはわかっていた。
「ハナちゃんだよね。歌声はすごく良かったのは覚えているから期待してるよ」
「ありがとうございます……」
……。緊張する。
「にしても美玲ちゃんはテレビで見るよりもキリッとしてて可愛いなぁー。君も歌上手いって聞いたからちょー楽しみにしてたの」
「あ、ありがとうございます……」
「メインはハナちゃんだけど、やっぱり美玲ちゃんバーンって出すとめっちゃ売れそうだからね」
スタッフも美玲ちゃんを持ち上げてるし。やっぱ私はダメなのかな。期待されてないのかな……でも今は歌うことに集中しなきゃ。大野ちゃんはこっち見てる。……がんばる、頑張るよ。
先に美玲ちゃんが収録。互いにソロパートがある。そこに被せてからのソロ、ハモッてソロ……美玲ちゃんとそんなことをする日が来るとは思わなかった。ただのバックコーラスで終わると思っていた。そもそもアイドル続けるとは思わなかったから……。
作曲はいろんなアイドルの曲を手掛けてる有名な方……私は知らないけど。だからいつもよりもすごくまとまりのある曲、だなんていうと今までの方達には失礼よね。たくさん曲を作ってくれたし。
作詞はメンバーで担当した。なかなか難しかった。長年の片思いから恋が成就したというストーリーの歌で、先日の歌詞制作のミーティングで私たちは行き詰まった。
美玲ちゃんと私以外の由美香さんと悠里ちゃんが男性経験だけでなくお付き合いとしたことがなく、片思いもしたかどうかわからないほど。
めっちゃ聞かれたのよねぇ……私はそこそこだけど美玲ちゃんはなんでも聞いて! ってベラベラ話してたけどカーくん一筋だった。由美香さんと悠里ちゃんには恋かな、と思った時のニュアンスを思い出してもらって書いてもらったけど可愛かったなあ。
そいや大野ちゃんは同じ部屋でニコニコして見守っててくれたけど全く会話に入らず……どんな恋とかしてるんだろ。そこは謎だった。
あとダンスもフォーメーションも難しい。私はフォーメーションのみ、やればいいのだがそれだけでも大変。ダンスの振り付けも今回はいつもの人たちとは違った。切れ味が違って由美香さんと悠里ちゃんは苦労してたけどすんなりできていたのはすごい。
「じゃあハナ、スタジオ入って」
「はい……」
緊張する。いろんな人が見ている。タッキーも優しい顔で見てくれているけど口をあまり出さず静かにいつも見守ってくれていた。大野ちゃんがほとんど指示を出していたけどタッキーとよく会議していたのは知ってる。
それよりも私は目の前の歌詞を見て、マイクを前に歌うだけ。
音楽が流れる……。
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一部歌い終わり、わたしはスタジオを出ると大野ちゃんに両手を掴まれた。
「すっごいじゃない、ハナ。ミスもない……!」
「ありがとうございます……」
美玲ちゃんはソファーからわたしを見ていたが、すぐスタジオに入った。レコード会社の人たちもすごいすごい、と言ってくれたし
「これはもったいないことしてたな、でもこれはいける」
ってタッキーからこんなに褒められるの初めて。と言ってもあっさり褒めなんだけどね。
「私、休憩行ってきます」
部屋から出た。美玲ちゃん終わったらまたわたしの録音。
久しぶりに大声で主旋律を歌えたことが楽しかった、嬉しかった。ふぅ。
「ハナちゃん、いいかな」
……タッキー……て、今そんなふうに言っていいのかな。てか美玲ちゃんのレコーディングは見なくていいの?
「いつまで隠す? 過去のことは」
……!
「大野ちゃんに君の過去を聞いて驚いたけどそれだからと言って僕はNGを出さなかった。大野ちゃんからも君は才能がある、花開く、ハナだけに……て冗談はさておき、最近君だけでなく他のメンバーたちにも週刊誌の奴らがうろうろしてるぞ。パッと出てきた田舎のご当地アイドルが全国に出る、この子たちはどんな子だろうって興味津々でな」
……隠してるつもりではないけど、わたしはもう過去のわたしではない。
「大野ちゃんも結構頑張ってるけど過去、体張ってでも仕事を取っていたこととか結構露呈してきてるんだよね……」
……体を張る?
「そういえば由美香ちゃん、最近さらに色っぽくなったと思わないか? 映画で共演した若手俳優と噂になってる、あ……少し前に噂になっていた梨岡くんとは違うやつね」
……こないだの歌詞会議では私は恋愛未経験でとか赤らめていたけど、私は正直そうではない、と勘づいてはいた。
「あの顔、男を知ったな……明らかにスタッフも勘づいているし、久しぶりに対面した時にはもう匂いからして違った。あとあの俳優はいろんな女の子に手を出してるからなぁ……困ったもんだ」
……。
「悠里ちゃんは子役時代の時の撮影会の写真とか出回っているしな」
……わたしはスタジオに戻ろう……。
「美玲ちゃんも……男いること、すっぱぬこうとしてるところがあるぞ。あんな可愛い子でも男に骨抜きされて。あとつけてる奴がいる」
とタッキーが窓から外を見る。そこには黒い車。このあと美玲ちゃんは久しぶりにカークンに会えるって言ってた。だがあれはカーくんのじゃない。
……私たちのプライベートを探って何になるの?
「この業界にいるといろんなことが嫌でも耳に入る。きっとスタジオにいるレコード会社の人たちも知っていることも多いがまずは売れて金にしたいんだろう。スキャンダルは今は押さえておいてCDとか売れるだけ売って最後はすっぱ抜かれて捨てられる……そして新しいアイドルに切り替えられる。これが芸能界。僕はAD時代から、そして数年東京でいろんなアイドルたちの表と裏を見てきた……そう甘くない、覚悟してほしい」
そう甘くないって知ってるよ……でもひどい。
「君の過去も、いつかはバレるだろう。その時は……どう君がたちむかえるか」
……。
「ちょっとタッキー!」
大野ちゃんが私たちの前に出てきた。
「ごめん、まさか聞いてた?」
「ずっと聞いてたわ……ごめんなさい。ハナに不安にさせることを言わないで……」
……タッキーは苦い顔をしている。
「……まずは美玲ちゃんのレコディング見てて。そのあとでまた話しましょう」
大野ちゃん、どこから聞いてたの……全部だったら……。
「ゴメンネ、ハナちゃん」
……。
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